教室,水彩画

生徒さんが「第4回いなげ八景水彩画コンクール展」で入選しました。Yさんおめでとうございます!

千葉市民ギャラリー・いなげ

稲毛周辺の名所史跡をテーマにした水彩画コンクールにYさんが応募、見事入選しました。惜しくも入賞には届きませんでしたが、それに引けをとらない力作でした。

上位入賞作品は構図のしっかりした、メリハリのある作品でした

コンクールは励みになり腕試しに良いと思いますが、審査の結果は「どのコンクールに出しても同じ結果」というわけでもなく、癖や傾向もあって、特に美術では誰もが納得感のある結果とはなりづらい面があります。

評価されれば喜び、思惑通りにいかなくても気にしないという気持ちで出品されるのが良いのだろうと思います。

デザイン,作品案内

うちねこがいえでするとき 作・井川拓+絵・北村愛子

絵本のご紹介です。「うちねこがいえでするとき」作・井川拓+絵・北村愛子 です。

うちねこが旅するかわいい物語としてスッと読めますが、二度目にこれは人間の話では?と思って読むとまた違った印象になりました。時間をおいて開いてみたくなる本です。

井川拓さんは児童文学の作家であり、また映像制作集団「空族」で脚本を手掛けたこともある夭折の作家さんです。シンプルな話でありながら、不思議な読後感があって文学的な匂いを感じさせます。

絵は北村愛子さん。優しい色合いで、猫は北村さんが20年ともに暮らしたさくらちゃんがモデルになっています。どのカットを見ても愛おしい眼差しが伝わってきます。

絵本というと、フンワリした絵とか、シンプルで力強い絵が多いのではないでしょうか。そういう絵も良いのですが、北村さんの絵は柔らかいタッチや色調の中にしっかりとした誠実な線があります。優しい絵の奥に確かな力量を感じます。

こちらの本はなかなか流通していないようですが、アトリエあさま台においてありますので、手にとって見ていただくことができます。また少部数ですがお求めいただくことも可能です。是非ご連絡ください。

うちねこがいえでするとき 作・井川拓 絵・北村愛子
限定ポストカード付き(8枚)
価格:\3,500 (税別)
ご購入方法:吉祥寺美術学院メールフォーム(トップページ下部にあります)よりお問い合わせください。
吉祥寺美術学院
※アトリエあさま台でも少部数取り扱ってます

北村愛子さんへの絵の依頼等のお問い合わせも同じく吉祥寺美術学院、またはアトリエあさま台へご連絡いただければお取次ぎ致します。

展覧会情報

去年初出品でしたが台風で土曜日曜が休館になって、本当に残念で「来年は!」と思っていたら今年は中止という憂き目に…その代わり、

ご案内状です

今年はオンライン展です。10月から12月31日まで、どーんと約2ヶ月の長期間。場所も縛られず、遠くの方でも見ていただけます。もちろん無料です。10月7日から、是非御覧ください。

以下リンクです。

web東京展

東京展美術協会公式サイト

日々の生活,美術

木喰(もくじき、仏師・1718-1810)

連休中に木喰の里(山梨県身延町)まで行ってきました。木喰という人は江戸時代の仏師で、円空より100年くらい後の人です。微笑仏(みしょうぶつ)という笑顔で丸みのある仏像が代表的です。抽象的で鋭角的な円空とは対象的に、丸く、工芸的で「まんが日本昔ばなし」のような親しみやすい表情です。木喰についてはざっくりこんな感じです。


山梨の山中の農家の少年は14歳のとき「ちょっと畑行ってくる」と言ってそのまま江戸へ。それから就職と失業を繰り返し22歳のときに出家。45歳のときに木食戎を授かり、このときから「木喰」と名乗るようになります。

木食戎というのは厳しい修行で、要は木の実しか食べないのです。詳しくいえば、もともと肉NGに加えて穀類NG、木の実でも栽培果実はNG、加熱食や塩を加えるのもNGだったようです。栗100粒で100日過ごしたなんて話もあるようです。そばはOKだったようで、そば粉を水でこねたものを食べたりしてたそうです。普通は100日なんですが木喰はそれを生涯続けたそうです。

それから10年以上経過した56歳から廻国修行を始め、全国を行脚します。津軽海峡を渡り北海道から南は鹿児島まで回ります。廻国修行中に円空仏に触れて感動して彫刻を始めたという説もあります(諸説あり)60歳を越えてから造像を始めるという超遅咲きです。

それから生涯廻国修行の行く先々で仏像を残していきます。80歳の頃に「微笑仏」で知られる満面笑みの作風に到達。90歳を越えても旅の中にありました。89歳、京都に行ったときの記録によると木喰は180センチの長身痩躯で髪も髭も真っ白、土色の服で錫を持っていたそうです。びっくりしたでしょうね。やはりその時も五穀や塩を取らず、布団に寝ず常に衣一枚でいたそうです。(リンク:清源寺)

それまで楽なことなど一つもないように見えますが造る仏像は満面の笑顔。先の京都では十六羅漢が盃を持って顔を隠してる像もあったり(破戒です、笑)また書画も多く残しております。

まるまると まるめまるめよわが心 まん丸丸く 丸くまん丸

なんて歌も残しています。

木喰の里微笑館で書籍を購入

93歳でこの世を去ります。旅の中で没し、死んだことだけが伝えられただけで、どこで死んだかは今もわかっていません。

千体を越えて造像された木喰仏は庶民の中にあって、脚光を浴びることもなくあるものは打ち捨てられ、売られ散逸し、忘れ去られました。100年以上経過し、1924年(大正13年)柳宗悦が偶然発見、それから再評価の動きになりました。


木喰の故郷見延町にある記念館「微笑館」に行ってきました。私営の小型美術館程度の規模・立地を想像して行くと想像以上に険しい山の中でした。

右は崖、左も崖。ガードレールなしの1車線。軽自動車でも怖い

記念館にはいくつかの書画の展示があり、非常に残念なことに実物の像は1点のみ、ほかはレプリカでした。木喰仏の現存数は600を越えるんですが、蒐集はうまくいってないようですね。

木喰仏は現存数も多く国内各所に点在するので、見る機会はあると思います。親しみやすく、かわいい像が多いので是非おすすめですよ。

参考:

  • 木喰仏入門 小島梯次
  • 木喰展カタログ(見延町なかとみ現代工芸美術館)
  • Wikipedia 木喰

日々の制作

個展?グループ展?

先日、知らない番号からかかってきた電話を取ると、

相手「塚原さんですか?」

自分「失礼ですがどちらさんでしょうか?」

相手「Aギャラリーです」

自分「え?ああ!ああ?」

となりました。


Aギャラリーは、これ以上無いほどアクセスが良く、立地に関しては銀座最高峰と言える場所にあります。広さもなかなかのもの、しかも破格に安いのです(その代わり絵画仲介という意味合いはとても薄いです)結果、とても人気で、問い合わせても来年の予定は一杯で予約を入れることができません。

それが去年の夏の話で、その後東京展に出品すれば案内状をAギャラリーに送り「再来年よろしくおねがいします」年賀状をAギャラリーに送り「来年よろしくおねがいします」個展を開けば個展の案内状をAギャラリーに送り「来年よろしくおねがいします」…そして個展が終わったあたりで一段落して、Aギャラリーのことは半分諦め、コロナで来年もどうなるかわからず、ひとまず画廊のことは頭から半分離れておりました。

その後、個展を目標としてこだわることをやめて、別の出品のため100号を数点仕上げることを目標に制作を進めています。100号はギャラリー向きではないです。なので、来年は個展を開かなくていい。画廊向きの作品数が揃わなくてもいい。大作を仕上げていく。すっかりそのつもりになった矢先でした。

相手「Aギャラリーです」

自分「え?ああ!ああ?」

とはいえ、せっかく借りれるチャンス。一度借りれば翌年以降も再び借りれる可能性が高いのです。しかもあれだけこちらからお願いしている手前もあって、これは断りにくい…

とりあえず画廊は借りる方向で。申込書には正直に「現在大作に注力しており作品数が揃わない可能性があるのでグループ展に切り替えるかもしれません」と書いて申し込みました。

そんなわけで、現在作家活動中の方やそうでない方も含め、グループ展のお誘いをすることになるかもしれません。来年の4月25日から5月1日までです。そうなったときはご協力いただけるととても有り難いです。