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以下、2001年5月3日の日記から。

指輪物語 2001年5月3日

8年越しの物語もどうやら終わりを迎えたようだ。

1.エルパソ

8年前の話になる。会社を辞めたのをいい機会に、アメリカ旅行に行った。鉄道で各地を回りレンタカーで足を伸ばしながら、スケジュールは無く気の向くままに行きたいところに行くような旅行だった。

メキシコと接した南部の町エルパソに滞在中のときのことだ。たまたまレンタカー屋で借りる車が戻ってなく、到着を待つことになった。レンタカー屋の主人は気さくで、くだらない話をしては退屈させないようにしてくれた。その主人の指には奇妙なデザインの指輪が光っていて、変わった指輪だと言うと外して見せてくれた。

編み合わさったような組みリングのように見える。リングの一つをつまみあげると、指輪はバラバラになって、チェーンのようになった。

「元に戻せるかい?」

実はリングはパズルになっていて、簡単には元に戻せない。ギブアップして主人に返すと、するすると元通りに組み上げた。

「この指輪には物語がある。昔、男は妻にこの指輪をつけさせた、という話だ。この指輪なら、外すと崩れてすぐには元に戻せない。浮気封じ、って訳さ」

なかなか面白い。欲しくなってきた。

「国境を越えたそばのメキシコの町で売ってるのか?」

と聞いたら、首を横に振る。それは、彼が湾岸戦争で出兵した際に現地で手に入れたものだという。つまりここでは手に入らない。

手に入らないものは仕方がない。ただの思い出となるはずだった。が…

2.池袋

旅行も終わり東京に帰り(当時は都内在住)、件の指輪が探せないだろうか、と思っていた。東京なら、大抵のものは手に入るのではないか。

探すまでもなく指輪は簡単に見つかった。ハローワークに行く途中、池袋の指輪売りの露店で売っていた。エルパソで見たものと同じだ。6つのリングが組み合わさったヤツだ。それ以外に4連、8連といったものまであった。

だが、当時私は先の旅行で散々お金を使った挙句、晴れて失業中の身である。高くはないが踏み切れず躊躇する。簡単に見つかったということは、また手に入れる機会はあるだろう。結局そのときは買わなかった。

この時は判っていなかったが欲しいものは見つけたときに買うべきなのだ。それも縁であり出会いの奇跡なのだから。その時決断できなかったのが運の尽きで、欲しいと思ったときはもうどこを探しても見つからなかった。以前見つけた場所近辺の露店を何度巡ってみても無い。あれはマボロシだったのか。渋谷新宿銀座の露店、輸入雑貨の店、指輪専門店。どこに行っても無い。ほとんどの場合、

「そのようなものは聞いたこともありません」

と首を傾げられるばかりだった。

3.船橋

それから4年以上経ったある日、ついに船橋ららぽーとの指輪店で見つけた。この指輪を「パズルリング」と呼ぶらしいこともここで初めて知った。

4連、6連、8連と三種類あるものの、サイズは変えられないという。それぞれ異なる号数で、私の指に入るものは8連だけだった。しかし8連は難しそうだ。どれを買うべきか。店主は警告した。8連は止めときな。バラすと元に戻らないよ、私も戻せないし、と。

だけどもパズルには自信がある。それに、小さくもないゲーム会社に勤めていたこともあり周囲にはパズルを解くのが上手いヤツがごろごろいる。買ってしまえば時間はたっぷりある。

結局8連を買ってしまった。慎重に観察しながら分析していたつもりだったがふとした弾みで砕けるようにバラけてしまい、それっきり私にはとても復元できなかった。パズルを解くことにかけては尋常ではない才能を持った友人が数日かけてもとけなかった。私も何度もじっくりトライしたし他に何人も挑戦したが、誰一人として解けなかった。

バラバラリング

「遊戯王」という漫画がある。不思議なパズルを解くことで少年に特殊な能力が得られる、といった話から始まるのだが、パズルの魅力の一面をよく言い表してると思う。「これが解けると、何かが変わるような、何かが起きるような」そんな妄想が、ふと湧き起こることがある。難易度が高いと特にそうだ。パズルが解けたとき何が起きるか。何も起こらず何も変わらない。分かってはいても、願いを込めるようにして解いてしまう。これがもし解けたら。

考えうるかぎりの予想と推論を重ね解こうとする。結局解けない。解けないにしてもそんな時間を楽しんでいた。

4.関越道 P.A.

それから3年以上が経過した。

生活も変わった。会社の景気が悪くなったり、車を買ったり引越しをしたり結婚してみたり。ハンドルを握る横にはその女性が座っている。

このゴールデンウィークを利用して新潟に旅行する。連休初日の4月30日に出発。群馬を抜け目的地も近い関越自動車道のパーキングエリアで休憩中、なんとパズルリングをモチーフにしたキャスト(鋳金)製のパズルを見つける。4連タイプだがそれでもパズルとしては難易度は高めだそうだ。やっぱり。

キャストパズル。大きい

早速購入する。指輪というより250ml缶の底と同じくらいの大きさだ。パズルとしてカッチリ嵌まるように作ってあるので分かりやすい。また指輪は単純に小さいためにより難しくなってしまうが、これほど大きいものならそれだけ解きやすいと考えて間違いはないだろう。これならなんとかなるかもしれない。8連リングと4連リングとでは、おそらく解法は同じで8連はその応用、延長であるはずだ。これが解ければ指輪も解ける。反面、これでなんともならなければあの指輪はいつまでも解けないのではないか、という思いもよぎった。

悪戦苦闘の末、その日のうちになんとかパズルを復元できた。解いたり崩したりを繰り返すうちに解法もきちんと理解した。組み立てるには、パズル特有のひねりのあるコツが必要だったのだ。これであの8連リングも組みあげることができるかも知れない。明るい希望が見えてきた。

旅行を終え、家で例のリングを取り出し、組み立てはじめた。原理は同じ、というのは間違ってなさそうだったが、それでも8連リングは甘くはなかった。リング数が倍もあり、細い銀の指輪では無理な力もかけられず、指先の細かい仕事をしないといけない。なんとも難しい。

といっても集中して丁寧に進めてくと一時間足らずで上手く組み上げることができた。パズルが組みあがった瞬間は不思議な事も何も起きなかったが、静かな喜びと満足感があった。

いまその指輪は私の指に納まっている。8年間の謎が、8つのリングと織り合わさって、ぴったりと重なった。

やっと組みあがったリング裏側から見たところ

その後

5.千葉

…以上で日記は終わるのだが、最後に一つ付け加えなければならない訂正箇所がある。

パズルを解いても、もちろん不思議なことなど何も起こらなかった、と書いたが、数ヵ月後ある事実が判明する。神からの授かりものがあり、逆算すると、生物学的発生の瞬間がちょうどその時期と符合するのだ。謎を解き明かしたご褒美は想像以上に大きなものだった。

彼女は先月一才になったばかりだ。まだまだ先の話になるが、大きくなったらこの話をしよう。そしていつかこれを手渡したい。受け取ってくれれば、だが。

8年越しの物語は終わらなかった。この続きは、また。


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