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餅太郎の謎

丘の上の高校

高校生くらいの頃は皆知識の吸収力も高く創造性に富んでいたと思うが、それはなかなか勉強には向かないものだ。麻雀やトランプやその他のゲームで勝つためにはいかなる戦略が必要か、ばれないイカサマの方法は何か、親や先生の目をかいくぐって、いかにうまい事やるか。あるいはもっとくだらないことに精力を傾けてしまいがちだ。

そんな一人の高校生だった私の通っていた学校は緑が多くまばらに住宅の広がる丘の上にあった。部活組も帰宅組も坂を下りると駄菓子屋に寄った。

一体駄菓子屋のメインターゲットはどういった層だろう。実は小さな子供ではなく高校生なんじゃないか。どこの高校生も駄菓子屋が好きだ。僕らもよく寄った。10円の粉末ジュースをブレンドして飲んだり、今度の味はアレだねなんて語りながらベビースターの新製品を食べたり。学校でうまい棒がブームになれば駄菓子屋もニーズに応えてありとあらゆる種類をそろえてうまい棒専門店のようなものも出てきた。最もお得意さんだったのは僕ら高校生だったはずだ。

餅太郎の謎

いつもの駄菓子屋には袋入りの塩味アラレがあった。名前が思い出せないので調べると「餅太郎」あるいは「どんどんあられ」のような気がする。違う商品だったかもしれないがここでは餅太郎としよう、当りくじつきの菓子だ。これがある時期から理由あってブームになった。

ある日の教室で休み時間にヤンチャな仲間の席に何人かタムロしている。何を盛り上がってるんだ?と輪にまざると、そこには10枚以上の餅太郎の空袋がおいてあり、ひっくり返したり並べたりして熱く語っている。

「この左隅の黒いマークは?」

「それはこっちと共通してるから、違う。ありえない」

「コイツの右足の印刷のズレは?」

「それはこっちではそうなってないから、違う」

聞くと、数枚の当り袋とハズレ袋を用意して見比べて、上手くいけば当りの違いを見分けようとしているらしい。なるほど当りは内側に印刷しているわけだから、印刷工程であたりとハズレが別工程になれば、そういったこともあるかもしれない。

しばらくの観察の末、一人がついにコレじゃないか、というポイントを見つけた。その印刷ズレは、微妙ながら当りグループがハズレグループに比べわずかに小さい。確かにそうかもしれない。半信半疑のままその日帰り道で、当りの法則に当てはまる一個を買った。当りだった。

餅太郎尽きる日まで

無造作にいじるふりしてそれとなく当りを探す。

「お、見て見て。また当ったよ、運がいい!」

なんて演技も混ぜながら当りを引っ張っていった。当然何度かやれば、残りはハズレばかりという状態になる。そうなれば買い控えて商品の入れ替えを待った。

そんな噂もだんだんと広がって、一部の秘密だったことが公然の情報になると、もういけない。その日はうかつ者がガサガサゴソゴソと餅太郎の箱をひっくり返してこれでもないそれでもないと、あからさまに探す。どうにも見つからないと

「metro、アタリが無ぇよ!無いんじゃねぇの!」

店中に丸聞こえなデカい声でわめく。速攻で数人がソイツの首をしめて外に連れていったがすでに遅し。数日後には餅太郎は店頭から姿を消した。

結局その後僕らが卒業するまで餅太郎が店に戻ることはなかった。今でも売ってないままかどうかは、わからない。


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