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要町の怪人

怪人

私が美大受験浪人で2浪しているときに初めて出会った彼はすでに5浪していた。絵は抜群に上手かったが、長身痩躯で三白眼、歯並び悪く歯は黄色く、まさに怪人と呼ぶに相応しい相貌で、近寄ると濡れタオルを放置して腐ったような臭いがいつもしていた。

彼のアパートに初めて遊びに行ったときに臭いの謎が少しばかり解けた。部屋と部屋の中の全てのものが同じ臭いで充満してるのだ。その原因までは分からない。

貧乏

彼は恐ろしく貧乏だった。アパートの電気、ガス、電話、水道のどれかは必ず止められており、全てが揃っていたところは記憶にない。部屋には4,5台はTVが置いてあってどれもまともに動かない。拾ってきたものばかりだから仕方ないが、それでも2つほどは叩くとかなりサイケな配色でオボロに像を映していた。

「どうだいなかなかアーティスティックだろ?わはは」

と全く気にする様子はない。今まで目にしたことのない貧乏さだった。以前はもっとひどかったらしく、4日も何も食わないとどうしようもなくなって友人宅に忍び込んで食い物を可能な限り食べて逃走して友人を失くしたとか、靖国神社(明治神宮だったかもしれない)の鳩を捕らえてむしって焼いて食べて飢えをしのいだこともあったという。

断っておくが戦後の影を残すような大昔の話ではない。バブルの波にのり今よりずっと日本が栄えていた頃;絶頂期といっていいだろう、もっとも僕らには無縁な富には違いないが;の話だ。

コタツ事件

ある寒い日、そんなZさんが私のアパートに遊びに来てくれた。TVも無い6畳一間の古いモルタルアパートだ。Zさんほどではないが、私だって立派な貧乏学生だった。

画集を開いては美術談義などしていたのだが、うちのコタツが気に入ったらしく、ふと

「metro、コタツ、って、いいよなぁ」

などと妙に感心していた。

数日後、今度は私が彼のアパートに遊びに行った。すると、前回まで無かったはずのコタツがそこにあった。

「へー、コタツ、買ったんですね」

「拾ってきた」

「…」

「あ、そこ、気をつけてな」

妙に安定性が悪い。どうやら足が一本足りなかったらしく、一本分は積んだ本で支えている。拾ってきたものだからそんなもんだと思いながら美術談義なんぞしていたが、どうにもあったかくなってこない。

「Zさん、このコタツ寒いっすよ。つけましょうよ」

「ん、ちょっと待ってろ」

待ってろとしか言わない。スイッチを操作するような動作が無いということは、すでにスイッチを入れてたということか。しばらくするとどこからかちーん、という鐘を鳴らすような音がした。私はさして気に留めず先ほどの話を続けた。しばらく話に夢中になっていたが、しばらくするとやがて、今度は逆に、コタツの中が妙にあつくなってくる。熱すぎる。

「Zさん、このコタツやけに熱くないっすか?」

「ちょっとまってろ」

先刻と同じことを言う。待ってろといったきり、スイッチを操作するような動作はない。するとやがてまた、ちーん、という音が聞こえた。なんだろうと思ってコタツの中を覗き込むとそこには蓋がひらきっぱなしになったオーブントースターが置いてあった…

キャベツ事件

そもそも彼の臭いの元凶は不潔さにある。流しにはいつもうずたかく積まれた食器があった。ある物好きな女性が親切心からその食器を洗おうとしたら、茶碗についていた米粒がもぞもぞと動き出して腰を抜かしたらしい。

ある日、また私のアパートに彼が遊びに来てくれた。タバコを吸ってはあれこれ話していたが、座っていても腹は減る。

「metro、腹が減ったなぁ」

「ええ減りましたね。ちょっと待っててください。何か作りますから」

安い店頭売りのスパゲッティを茹でてニンニクとトンガラシを炒めて混ぜただけの、それでも量だけは多い食事を二人で食べた。味はまぁまぁだ。これに感心したようで、

「metro、自炊、っていいよなぁ。俺もやろうかな」

とZさんが呟いた。ええ自炊はいいですよ何より安いですし、なんて適当なことを言ってその場は流れた。

数ヵ月後、今度は逆に私がZさんの部屋にいくと、案の定というか流しがえらいことになっている。多少自炊の痕跡があったようで、流しに積まれた食器の山からは以前よりひどい腐臭が漂ってくる。見ないことにするほかない。

流しの一角をないことにして話をしていても、やはり腹は減ってくる。

「metro、腹が減ってきたなぁ」

「そうですね、どっか食べに行きますか」

「いや、俺さぁ、自炊始めたんだよね」

かなり嫌な予感がする。

「そこにある野菜、とってくんない?」

流しの足元に、よく見ると袋が捨てるように置いてあり、白いポリエチレン越しにうっすらと緑色が見える。恐る恐る開くと、ごろりと一個キャベツが入っている。これだろうか。ちらとZさんを見ると、これで間違ってないようだ。手を伸ばしている。袋からキャベツを出してそれを手渡すと、そのまま片手でリンゴのようにキャベツを齧った。

俺は呆れるほかは無かった。「イヤそれ自炊って言わない」とかそんなツッコミもなんか違う。おそらくかなり間抜け面してその光景を見ていたことだろう。そんな私を見たZさんは何を勘違いしたか、

「お前も食うか?」

とキャベツを私に差し出した。


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