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ジョルノで日光

今、風邪がぶりかえしてしまって、体調がよくない。

ところで、風邪をひく原因は何だと思います?ウイルスで伝染するから?伝染しなくとも引くときは引くよ。寒い日に薄着をしたら引く?疲れがたまって抵抗力が弱まった時?それもきっかけにはなるけど、風邪をひくかどうかを分ける決定打ではない。

風邪をひくかどうかの決定的要因、その答えを、今から6、7年前(97年前後)私は日光で見つけた。

土曜日

仕事の切れ目に、突発的にどこかに行きたいと思った。気分転換というかガス抜きというか。近場は新鮮味もないから、ちょっと足を伸ばしたい。

ある友人に、どこか適当な旅行先はないか聞いてみた。西にいけば富士山がある。同様に、北に向かって適当に遠くて旅行にいいところはないか。友人は、それならば日光がいいのではないか、と教えてくれた。秋だ。季節としては紅葉には数週間早いようだがそれでもいい時期かもしれない。

どうやったらここ千葉から日光にいけるのかも聞いてみた。国道4号が日光街道といわれ、それをまっすぐ行けばいいのだ、と。国道4号は環七から伸びているという。簡単だ。実に単純だ。

そんな話を聞いて、よしそれじゃ行ってみるかと、昼も過ぎた頃にコンビニに行くような軽装のまま愛車ジョルノ(原付スクーター)で北へと向かった。距離はあるが、それだけだ。(と思ったのが間違いの始まりだった)

原付はリミッター(速度制限装置)がついていて、スピードを出そうにもでないようになっている。リミッター以前にジョルノは素でパワーがない。車通りが多いとちょっと恐い。キュートでかわいいデザインなんだけどね。高速にも乗れないが、渋滞時は車を抜いていけるから下道でもそれなりにいくだろう。

千葉を出て湾岸を葛西まで走り、環七を進み日光街道に入る。草加を過ぎたあたりで、本屋によって地図を立ち読み。あってる。単純だ。日光街道(R4)をこのまままっすぐ行くだけだ。ただ距離は思ったより遠い。170kmはありそうだ。缶ジュースでも買おうかとポケットに手をいれたら手持ちの金が1000円あるかないかということに気づいた。だが私は動揺しなかった。なぜならキャッシュカードがある。どこか適当なところで、お金を下ろせばよいと思ったからだ。…缶ジュース、とりあえず辛抱しよう。

とはいえ道沿いに銀行はない。結局宇都宮まで走ってようやくATMでお金をおろそうとするが、なんと残高は一万円程度しかなかった。よく考えると給料日前だった。だが私は動揺しなかった。なぜならクレジットカードが使えるところはそれを使えばよいと思ったからだ。ともかくおろせるだけはおろしておいたが。

日光までもう少し。今市市に入る山あいで急に冷え込みが激しくなった。耐え切れず、持ち金の半分近くを裂いて洋品店でコートを買った。

その時買ったコート。あったかそうだが

あったかい。手が冷えるが、なんとか大丈夫だ。日光につき、ホテルを取り投宿した。(もちろん支払いはクレジットカードだ)

日曜日

チェックアウトして、ホテルの前に停めておいたジョルノを見ると、タイヤがパンクしてぺしゃんこになっていた。一瞬動揺した。パンクはバイク屋、あるいは自転車屋で直してもらうほかはない。だが、日曜だ。もし閉まっていたら…そこから先は、「もし」そうだったときに考えよう。まずは店を探そう。落胆するのは、やるだけやってからだ。

通りを歩く地元の人を捕まえて尋ねてみると、バイク屋は近くには無いようだ。町に一軒だけあった自転車屋は、はたして…開いていた。パンク修理を頼む。ここでの出費は止む無し。ナンバープレートを見られたくない。まさか千葉からスクーターで来てるなんて知られたくはない。

修理を終えて、数百メートル坂を駆け上ると、パンクした穴に詰めていたゴムが抜け、前よりひどいパンク状態になった。自転車屋に戻り、再度直してもらう。こんな甘い仕事じゃ危なくて仕方ない、千葉まで帰れなかったらどうするんだと怒りもあらわに抗議しようかとも思ったが、千葉から日光までジョルノでくるほうがどうかしているのは明白だったのでぐっとこらえた。

その後、東照宮を見て回り、緑の中でのんびりすごした。いいところだ。「日光を見ずして結構と言うなかれ」といわれるだけのことはある。その後、半泣きで「もう結構デス」と言いたくなるような事態がまだまだ目白押しだということは、知る由もなかった。

時間も余ったし、ほかに見所はないかと地元の人に聞くと裏見の滝というのがあるという。そこに行こう。標識がでてるという話だったので、それを探しながらバイクを走らせた。アレだろうか?標識に気をとられていたら橋の上に駐車中の車に追突した。ウインカーが砕けた。これはさすがに動揺した。非は明らかにこちらにある。相手が停車中でもあり私には弁解の余地はない。無い貯金と修理代が頭を巡った。

幸い車にダメージが少なく、損傷はこちらがおおきく、相手も厄介ごとは面倒らしく、その場で「お互いに何も無かったことにしよう」ということになり、その場を離れた。相手がいい人で良かった、こんな幸運はそうそうないだろう、しかしウインカーの片方は壊れてしまった。お金も無いしお店もないので直すのは千葉に帰ってからだ。

そんなこんなで気が萎えて滝を見るのはやめた。いろは坂に向かう。うねる峠を越えると中禅寺湖が見える。そのまま戦場ヶ原方面へ進み、湯川の温泉民宿に宿を取り、ゆっくり温泉に入った。

月曜日

会社に休みの電話を入れた。東照宮を見てるあたりから休むつもりにしてた。仕事の切れ目でもあり、一日くらい休んだところで迷惑はかけないし、休みを使うのもいい頃合いだ。気持ちの良い朝だ。窓を開けた。私は動揺しなかった。が絶望した。雨だった。

…どうしよう。

雨に対する装備はない。お金もない。店もない。もう一度、土曜に買ったコートを見る。

雨合羽ではない。ましてやゴアテックスですらない

なんとなく防水コートに見える。みまちがえるくらい似てる。似てるとしよう。それに新品だ。撥水効果が多少あるはずだ。とにかく雨だからもう一泊、などという金銭的余裕も時間的余裕もない。帰るほかないのだ。

雨の中、湯川を発った。水を弾いてる気になれるのは中禅寺湖をあとにするころまでだった。いろは坂は霧が深く、10メートルくらい前しか見えない。次のカーブが右に曲がってるか左に曲がってるかわからないままヘアピンコーナーに突っ込む。恐いよ。

もはやコートは水を含ませたスポンジでしかなかった。滑りやすく見通しの悪い杉並木を過ぎる。その時真剣に願った。今日の目標。生きて帰ること。生きて帰るんだ。字にするとギャグだが本気以外の何物でもなかった。

ガソリンスタンドで給油する。バイクを降りるとぐっちょりした音とともに、靴から水がざぶりと溢れる。コートから滴る水は、水滴ではなく、流れる線だった。寒い。震えが止まらない。

どこかで休みは取るつもりだったが、早めに休んでは先がつらいものになる。100キロはがんばろう。埼玉県まで、休みは取るまい。そう誓って、秋の冷たい雨の中をひたすら南下した。

埼玉のレストランに寄る。ステーキランチとオニオングラタンスープを注文。そしてまずトイレに行き服を脱いだ。下着にいたるまでずぶぬれだ。絞る前から水が流れ落ちる。肌着から一枚一枚、ぎゅーっと絞っては、着ていく。冷たくて濡れてることには変わりないが、これで少しは乾くスピードも早くなるだろうか。

席に戻ると、オニグラスープが置かれていた。すする。しみわたるぬくもり。生き返る。このときほど美味かったオニグラスープは後にも先にもない。肉が運ばれてくる。かちかちと震えながら切る。ゆっくり噛む。ゆっくり、ゆっくり。食べ終わってもすぐには席を立たない。じっくり休もう、体温が戻るくらいまで。

レストランのそばの雑貨店で、いまさらながらの雨合羽を購入。すぐに裂けそうな安物だが、あるとなしとで全然違う。東京へ。ああ着いたも同然。本当はまだ30kmはあるけど。

辛い強行軍で、とにかく「生きて帰るのだ」と強く念じていた。家が遠い。実際遠いんだけど。そうではなくて復路が圧倒的に遠いってことね。家に帰ったら、すぐ風呂に入らねば。そしてたっぷり寝よう。明日からまた会社だ。きっと俺は、風邪を引かないだろう。なぜかそう確信していた。

帰り着く

なんとか無事に帰りつき、熱い風呂に入って体を休めた。あの過酷な雨の中を170km原付で走破して、且つ風邪もひかなかった。引かないぞ、ひくもんかという強い気持ち。風邪を引くかどうか、それを分けるポイントは気力である。気力が満ちていれば風邪に付け入られることはないのだ。

例えば今回と同じく、傘もなく雨に打たれたとしよう。その時、カノジョに振られて「もうアナタの顔なんか見たくないわ、帰って」と言われて一人とぼとぼ歩く帰り道なら、そりゃもう小雨に当たっても風邪で寝込んでしまうこと必定。ところが付き合って間もないカノジョに「今夜、パパもママも旅行でいないの。うちに遊びに来て」なんていわれたら、豪雨の中を傘もささずに歩いても、風邪なんぞ引きはしませんよ。

と言っても今回は、事前に状況が予測できて、覚悟できる余裕があったおかげでもあるけど。そういつも状況を予測できる場合ばかりではない。引いてしまった風邪には、気力があっても効果はないからね。

そうそう、それと最後に。泊りがけで遠出をする時は、考えなしにひょっこり行くような真似はしないほうがいいよ。一つ勉強になったね。


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