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芸大受験生列伝2

不思議さんの自画像

デッサンの試験、特に5時間で仕上げるほうも、本来は長すぎる時間ではない。むしろ短いくらいだ。しかし試験という場でふだん以上の集中力と、せきたてられるような焦りの中ではいつもよりもスピーディに描き進めることができるものだ。

一通り描いてしまって時間を余らせ、かといって満足のいく仕上がりでもなく、根本的に描き直して再構築するほどの時間もない(これは非常に勇気がいって、時間があってもなかなか出来ないが)という状態は、よく見かける。いわゆる行き詰った状態だ。そんな時、ある受験生は寝てしまい、ある受験生は、暴走を始める。

その年は自画像がテーマだった。ある女性受験生は一通り自画像を描いた。素直な、癖のない感じのいい絵ではあったが、試験を突破するのに必要な抜きん出た何かが足りない。つまりは平凡な絵だ。で、終了時間まで一時間以上を残して行き詰る。凄くいい絵でもないがもう描くところがないのだ。さてどうするかと思ってひそかに注目してると、何か肩のあたりに書き込んでいる。眼鏡の中にも何か描いている。私は試験官なので巡回するついでに近くで見ると、自転車に乗った小人や走ってたり座ってたりする小人や、空中ブランコをする小人が肩や眼鏡の中に何人かいて、少しづつ増えている。

最初からそういうつもりなら、それはそれでアリの方向性だとは思うが、余った時間で付けたしに描くのはなんとも苦しい。

足されるモノ

…という話を、休憩時間中に別室の試験官としていた。その試験官の部屋ではさらに上がいたようだ。

同じように時間を余らせて煮詰まった状態から、自画像の背景になにやら文字を入れ始めた受験生がいたのだ。

絵画の中に文字を導入するというのは百年前(印象派の時代)からある。絵を描く上での一つのテクニックと言っても良く、勿論効果的でさえあれば受験作品であってもなんら問題はない。

が、近くで見て驚いた。描いてある文字、いや言葉は「俺を大学に入れろ、絶対に入れろ、でなければ…」というような脅しとも呪いともつかないような言葉が延々と書いてあるのだ。

そういう一発ネタ付きの作品は面白いから試験官は喜ぶけど、実際のところ、なかなか生き残ってはいかない。そういう作品に限って、たいていはそれ以前の問題として絵がそれほど上手くないからだ。

ターゲットを見誤る

ベビーブーム世代の受験の頃、学内に受験生が入りきらないという事態が生じた。その年の一次試験は、両国国技館を借りて行われた。

両国国技館。顔を上げて天井を見れば歴代の名力士の額が錚々と並ぶ。

例年、芸大の試験課題は意表をつくものが多いのだが、この年の問題は「空間にある球体を表現しなさい」(正確ではないかもしれないがそんな感じだったはずだ)という問題だった。球体…国技館…そしてその当時流行ってたもの…描いた本人にしてみれば当然の帰結だったのかもしれない。バッチリ漫画調で描かれた力士を提出した受験生がいた。当時流行ってた「ストリートファイターII」のキャラクターであるエドモンド本田をでっかく描いた上、ご丁寧なことに余白には「どすこい」の文字があった。

試験課題を広く解釈して時代性や環境から感じるものを素直に描いただけかもしれない。いや、自分はそういうネタは好きですよ。でも教授陣には通じないよ、きっと知らないから。そういうネタは。(ネタかよ)


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