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芸大受験生列伝1

知られざる世界

芸大、と一口にいっても学部や科によって性格が違う。それに私が受験にかかわってから、もう10年以上経過しているから、今は当てはまらないことも多いだろう。反面、何を言ってももう時効だから、書き進めるのも気楽だ。今も昔もそれほど変わりないと思うが。

いくつかある専攻のうち私が知っているのは、高倍率な割りにツブシの効かない油絵科(正確に言うと絵画科油画専攻。油絵科と呼ぶことも多いので以下油絵科と呼ぶことにする)なので、そのへんの状況を中心に書き進めよう。

油絵科の試験は2段階選抜で、一次試験に2枚のデッサンを提出する。3時間で1枚仕上げ、5時間かけてもう一枚仕上げる。そこでいったんフルイにかけられ、中間合格者発表がある。千数百人ほどいた受験生は3〜4百人に絞られる。一次試験突破はベテラン受験生(?)にとっても難関で、油断ができない。一次試験に合格すれば2次試験が待っている。油絵を二日に分けて合計8時間で仕上げなければならない。

高倍率ともう一つ

高倍率で有名な芸大だが、もう一つ有名なことがある。学科試験無視、だ。国立大なので当然センター試験はあるが、年度によっては受験者平均点より合格者平均点のほうが低かったりする。また、大学での試験内容も筆記はなく絵を描いて提出するだけなので、事実上学科は無いのは明白である。

そこで、「学科がダメだから芸大でも受けてみるか、絵はちょっと得意だし」という超甘い考えの受験生がぞろぞろ集まってくる。こういった人々のほとんど(全てと言ってもいい)は一次試験でお帰りいただくことになる。30倍だとか40倍だとか言われる倍率も、そういった理由で実態は薄い。半数近くは美術的訓練を何も行ってないように見受けられる。それでも高倍率であることには変わりはないのだけども。

さらに、芸術系を志すだけあって、カワリモノが多い。正確に言うと芸術家に変わり者が多いのではなく、実は逆で、変わり者が芸術家を目指すのだ。変わり者はまともに仕事ができなかったり、社会に適応できてなかったりするため、一芸が極度に秀でていればそれも許可されるという世間の「芸術家特例システム」を享受したいからだ。その道に進めば、あんまりいろいろ考えずに、一つの分野の高みだけ追及すればよい。社会性も要らない(と思われている)。なら、目指すところはそこだろう、というわけだ。

そんなわけで2次試験は落ち着いた雰囲気の中で展開されるのだが、1次試験は人数も多いせいもあって、結構面白さんがいる。スキンヘッドで眉なしのコワモテ君が、昼休みには弁当箱を頭に乗せて歩いていたり。面白いだけならいいのだが迷惑な方々も少なからずいる。

クサイ人

浮浪者のような臭いのする受験生というのは実は毎年居る。珍しくない。ゲンかつぎなのか何なのか判らないが、明らかに風呂にずっと入ってない。てかてかのジャージに黒光りするマイ座布団持参だったりする。毎年居るといっても同一人物ではない。

油絵科の受験は、二次試験の油絵はもちろん汚れてもいいような服装になる。一次試験のデッサンも、画材として木炭を使うことが多く、これがまた汚れやすいので、汚れてもかまわないような服装、つまり受験生全体があまり綺麗な服装では来ていない。その中でさえ突出して汚い人というのがいて、大体は話題にはなっても問題にはならない。突出しすぎると問題になることもある。

ある年の受験運営本部と、現場の試験官との無線でのやりとりで、こういうことがあった。

試験官「こちら第○○試験会場です。聞こえますかー」

本部「聞こえます、どーぞ」

試験官「女の子が一人、隣の男が臭くて気分が悪くなったって言ってます」

本部「確認してきてください」

…しばらく間…

試「かなりキツイです。どうしましょう?」

…しばらく間。本部で協議中…

本「では、その女の子を別室に移動するようにしてください」

アクシデントに備えて別室が一室用意されているのだが、案の定当の女の子は文句を言っているらしい。臭い人が移動すべきで、自分が移動するのはおかしい、と。それはそれで正論なんだけど、やっぱり「臭いから移動して」とは言えない。


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