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インターネット10年

ここ10年ほどを振り返って思うところなど。なんてまとめようと思ってたんですが、思うようにまとまらないのでbubbl.usとか使ってみたりしてみました。どうでもいいこと込みであれこれ書き込んでみたり。

個人的視点なんで「インターネットでコレが流行ってたよね」とか「●●が始まって流行したよね」というところからはズレてたり。メインストリームとは違うところにフックしたりしてますね。

赤い項目が「リアルで関係が広がった」「ハマった」「大きく影響をうけた」というところです。

いろいろな話はまた別エントリで。

フルページ版リンク

ネット10年:ジオシティーズとディレクトリ

2000年前夜。「インターネット」を見て徹夜し、やがて恐る恐るそこで見る以上のことに手を出し始めたぼくらは、ジオシティーズにホームページを作った。

ジオシティーズ(日本)のアーカイブ

ジオシティーズという「世界」の中には「ウォール街」「ハリウッド」「シリコンバレー」といった地域(=コミュニティ)があり、その中に進めば「メインストリート」があり、ほかに「けやき通り」だとか「○○通り」があり、通りを進めば番地(「6500」とか「7200」とか)があり、その先に、我々の「ホーム」ページがあった。

URLもそういったディレクトリ構造にそったものであり、たとえばこんな具合。

geocities.co.jp/SiliconValley/SiliconValley-SanJose/1234 (1234は仮に)

トップページにはカウンタがあり、そこから「日記」「掲示板」「リンク」と階層化されるのが定番だったし、当然「ようこそ〇〇の家へ!」「誰誰の部屋」というホームページは多かった。

後年「ホームページのホームは家って意味じゃないから(笑」という指摘はそういうわけで当たってない。実際は、そういう作りに沿えばそうなるというだけの話であり、あとでそこを無視して笑うのは賢しげに見えて背景を無視した物言いでしかない。

ディレクトリ構造は特にホームページに限ったことでもなかった。基本はなんでもディレクトリ型階層構造であり、ブラウザを開けばまずポータルサイトへ行き、階層をたどって下層へ向かい目的を探すというものだった。

だから当然、サイト作りの目標や、ひとつのステイタスとなったのが「Yahooのディレクトリに登録される」ということだった。

そして10年。ディレクトリ構造構成、っていうのは古いスタイルになり、Googleやいくつかの先進的な機構では検索やタグを活用したり、Evernoteやほかののシステムではフォルダ+タグで縦横に閲覧できるようになるのが主流になってきたようにも見える。

ディレクトリ型は、かといって消え去りもしないだろう。実際、そういった観念をぬぐい去れず、検索やタグについて理解されない現場というのもまだまだいくつも見ているわけで。

ネット10年:メーリングリスト

昔、メーリングリストというのがあってね。(今もありますよ!)

サーバが、メールを受け取る。

すると、受け取ったメールを会員に撒く。

メールを受け取った人は、サーバ宛に返信するとまた全員にメールが行き渡る。

というシンプルなシステム。昔はネットでのコミニュケーションとして大きく活躍してました。

私も、知識獲得用と、それとは別に趣味についてのメーリングリストにも参加して、有用な知識を得たり、実際に会って話したりネットでの企画に乗っかってみたり、インターネットを通じたリアルでの社会の広がりに感動したものです。

これってライトなSNSという感じがしませんか。と思うんですよね。しかも携帯だろうとPCだろうとMacだろうと端末を選ばない。ソフトも選ばない。何かダウンロードしなければならないというわけでもない。メールが使えるレベルであれば今ある大多数の環境だけで使える。ブラウザさえも要らない。セキュリティ的にも、個人メール並の安全性が確保されているし。ダダモレってことはない。今だに有効だと思うんですよね。個人交友関係という狭い範囲でも有効。

で、今は無いのかなというと、あります。簡単に始められるのが。Googleグループっていうのがそれで、学術グループやソフトのサポート、会議としてもよく利用されてます。私も運営に関わっているグループもあるので実感しますが、普通にメールをチェックする習慣がある人には今だにいいメディアですよ。

そんなGoogleグループ。メーリングリストだけでなくメンバーのみによるファイルの共有とかもできて良かったんですが、最近そのへんのサービスを停止したのは残念です。

ネット10年:ミクシィに花束を

2004年2月

みくしぃ。にっきおこうかいした。なつには、かれんだーもつけたいな。

2004年9月

モバイルに対応した。SNSは日本でこれから伸びていくことだろう。

2005年1月

我々のサービスは革新的なサービスになるだろう。IT界に風を、いや、嵐を巻き起こす。そのためには収益源確保しなければ。サービスも拡充を図る。マネタイズ。ビジネスモデルの確立。フリーミアム。

まずは広告を付けること。そしてプレミアムサービス。ニュース。ミュージック。あらゆるものを取り込んで。


「最近ミクシィって広告つくようになったんだよね。それで止める人もいるらしいけど。自分は気にしないよ。あ、ヤスオのヤツ、プレミアムサービスに加入したんだよな。プレミアムだともっと面白いのかな。でもヤスオの日記、ケータイで見ると背景の色が濃くてさ、ホント見づらい。あれ、やめてほしいよな」


我々mixiはライバルに圧倒的に差をつけ一部上場も果たした。しかしまだまだだ。絵文字対応。フォトアルバム。動画。ラクガキ機能。そして、ゲームをも取り込んでユーザー層のさらなる拡大を図り…


「サンシャイン牧場、あれってどうなの?」

「つまらないねぇ、やらされてる感たっぷりで。なんとなく続けてる人につきあってちょこちょこやってるけど正直、面倒なだけだよね」

「しかも有料サービスにしないと何もコンプリートも出来ない」

「ゲームとしてもね。あのインターフェイスは無いよね。分かりづらいし使いづらいし」

「その上どんどんやることだけは増えていくし。達成感ないけどね。工場が出来てもそれで嬉しいことってあった?あとわけのわかんないイベント。セミとかオタマジャクシとかもらってもね。今度は図鑑とか。コンプリート出来ないのが分かっててそんなタスク増やされてもね」

「酷い。本当に酷い。あの時本当に燃えてればよかったんだ」

sanboku1.jpg

注:エイプリールフールのネタとして、ユーザーデータが山火事でリセットされるという面白くもない冗談で笑ってもらえず延焼炎上、灰燼に帰した信頼を取り戻すのは一日ではすまなかったという事件

mixiアプリ「サンシャイン牧場」の山火事ネタはなぜユーザを怒らせたのか - Zopeジャンキー日記


ぐり^ーもがんばってるみたいだけど、ごっちはついったとおなじさーびす初めるし、ふぇーすぶっくとれんけいュするし。

ぼくわまけません。みくしにヮはなんでもあります


「おまえまだmixiやってんの?今はtwitterだろ?いやfacebookか次は。見せてみろよええと、なんだっけ?ミクシィ」

見れば古臭い色調から2000年頃の「ホームページ」を彷彿とさせるGifアニメの「絵文字」がペコペコ動く。

「ぷ」

「笑うなよいいじゃん書いた人はケータイから書いたんだよきっと」

「絵文字くらいいいけどさ。でもなんでグリーじゃないの?グリーやろうよ。ケータイで」

「でも」

「てかmixiっていろいろあるけどどれも面白くないよな」


070423mixi.jpg

mixiは初めが一番面白かった。あとはただ右肩下がりだ。それは初めから予見されていたことなのかもしれない。

参考:mixi - Wikipedia

ついしん:さよならみくしい。ついでがあったらおれんじのはなをささげてください

ブログを書くようになった理由、書かなくなった理由

「ホームページ」が「個人サイト」になる頃、僕らはとほほのWWW入門にたどり着き「HTML」「タグ打ち」なんてことをやってたけどもやがて卒業して「CSS」の門を叩いたさ。

インチキ臭く安っぽいHTMLタグ打ちのフォントいじりサイトから、洗練され上品なCSSをキチンと使ったサイトに惹かれましたよ。タグ打ちではない。マークアップするんだ。小手先で飾るんじゃなく内容と構造を一致させるんだ。ごく簡単なHTMLの説明では目から鱗が落ちた。PC Tipsでは先の「とほほの…」はケチョンケチョンで、まるで自分が非難されてるようで青くなった。うわべでは同じように「とほほ」を馬鹿にしながら急いで自分のサイトを見直したり。そして、たどり着けそうもない先にW3Cがありました。だってそんな正確なものなんて書けそうに思えなかったから。

HTMLによるむりやりなコントロールからCSSでデザインした「正しい」ものに書きなおし、手を入れ意匠も凝り、洗練されたインターフェイスを目指したよ。

そんな時、いくつかの不思議なサイトに驚いた。複雑なCSSで三段組、細かい文字、精緻で動的なリンク関係。バランスの取れた色調とレイアウト、そしてW3C準拠。カレンダーを付いてるだけでも大変だと思っていたのに。作ったのは専門のプロで法人サイトかと思えば個人。で、割とくだらない内容だったり。つまりそれがブログ。

飛びついて自分も書き始めてみました。これはすごい。面白い。簡単に書いて思い通りの形で残せる。夢中で書き始めた。けれど、気楽に、というわけにはいかなかった。

気楽に書く人もいたけれども自分はそうは出来なかった。何故だろう?

書くなら書くだけの責任があり、何か言うならそれなりに調べたり裏を取ったりは必要だと考えた。何か言うなら最低でも基本的な事はWikipediaに目を通したりGoogleで検索してざっと見るのは当然。「ググレカス」から「ちゃんと自分で調べたのか?それ違うし」「それはあなたの単純な思い込み」みたいな罵声は常にネットにあったから。そして書く途中で自分の誤りに気がつくことも多かったから、より一層「あらかじめ調べないと」と思うようになった。

画像も可能ならつけたい。付ければ見やすくもなるし分かりやすくもなる。言葉で説明の難しいことも写真なら一発ということも。写真による説得力というのは千字に勝る。

そうなると、可能なかぎり画像もつけねば。となった。

そうこうするうち、ぶっちゃけ、足の重いものになっていったよ。

要は、重いんだよね。

あれを書こう。…

と思っても書くうちに折れて止めてしまう。

やがて「あれを書こう」と思っても書く前に止めてしまうようになる。そんなことが増えていき、書く量が減っていったんだよね。

そんなタイミングでtwitterに魅力を感じてシフトしたんだよね。裏をとらなくても、細かく説明しなくても、一言だけ。ブログ以前の「個人サイト」の頃はそんなもんだったでしょ?量も少なくパッと思ったことだけ。詰めれば一言二言で十分。実は「出版(publish)」までは必要ない。「つぶやき」でいい。そうしてシフトしていった人って自分だけではないんじゃないかな。

別に「ブログ古い」「これからはtwitter」みたいなことじゃないんだよね。ブログはブログで必要だと感じてるし、ちゃんと書き残したいことはブログに書きたい、とは今も思ってるし。

永遠よりも目立ちたい

ネットで自分のサイトをつくって。一国一城の主のような気もしてたけど、でも結局は間借り人。母体のサーバが消えれば放浪するしかない。安定的に見えたgeocitiesも安定的ではなく、大手であったり大企業が母体であったりしても長続きするとは限らない。誠実な雰囲気の中規模、小規模、個人運営であっても同じ。長続きするかどうかはなんとも分からない。全く読めない。

振り返って、逆によく続いてるなと思うのが企業でははてなで個人ではネットワーク利用技術研究会。誰がDoblogやinfoseekより長く続くなんて思ったろう?そういえばVOXも終わったなぁ…

自分が飽きて止めるか死ぬかするなら致し方ないにしても、それ以外の要因で頓挫することが圧倒的に多い。

サーバを引っ越すとなると処理が面倒なのはもちろん抜け落ちる情報も多くなったり。自分だけではない。他の人にも迷惑だろう。

サーバを変えればurlアドレスが変わる。urlが変わればリンクも変わる。見知らぬどこかでリンクの切れた文書が音もなく発生するのだ。自分の被リンクを全て把握するのは困難で、それを書きなおして貰うことは事実上不可能。アドレスは変えないほうがいいのだ。ブログにはパーマリンクがあるけど、それは恒久的なリンク、という意味。管理者は可能であればそう目指すべきであろう。

クールなURIは変わらない -- Style Guide for Online Hypertext

となると、答は一つしか無い。特定のサーバサービスに依存しないで、独自にドメインを取って運営する。レンタルサーバのサービスより若干手間はかかるけども、同じアドレスは維持し続けることができる。

独自にドメインを取ると、安定した運営が出来るだけではない。短い、好みのURLを取得でき、デザインや容量その他の自由度は増し、Googleなどの検索順位でも有利に働く(はず)。僅かなドメイン維持費はかかるけどそれ以上の価値があるのだ。


ある日友人と、ブログは何がいいか、って話になって。

自分は「独自ドメイン取得して運営、たとえばMTとか」だろうねやっぱり。と言って利点を説いても反応は今ひとつ。

「だってそれはつまり、例えば普通にプロバイダの無料サーバと一緒でしょ?アクセス的には」

まぁそうだね。

「はてなダイアリーならもっとアクセスが集まるじゃん!反応も返って来やすいし」

そこかい!

そこからは別の友人も交えてドリコムが集まるいやどこがアクセスが集まりやすいなんて会話を醒めた目で見てました。


思えば、昔からいましたよそういう人。あまり面白くもない侍魂の劣化コピーのようなサイトをつくって全力で宣伝しまくってる人とかさ。サイト紹介掲示板、ランキングサイト、そういうところで主張しまくって。「こんな面白いオレのサイトは人に知られてないから人気がないんだ、もっと広く知ってもらえればみんな殺到!」とでもおもってたんでしょうね。

それってどうなの?少しインターネット舐めすぎ。特に宣伝に力を入れなくても面白ければわりと簡単に発見され注目されるものだし。それに、冷静に逆を考えてみて欲しい、目立つほど需要のないもの面白くないものを無理矢理見せられる側のことを。ここは一つ、ネットを信頼して需要と供給のバランスに任せてみてはどうだい?見たい人があれば届くさ。みたい人が多ければアクセスが増えるさ。そうでなければ、そうでなかったということを理解すればいい。

そして姿を変えてやっぱりブログサービス選びにもそういう「目立ちたい魂」にも現れたし、サービス提供者側も心得たもので目立ちたい魂に答えるべくより「目立ちやすいですよ」という仕掛けを仕込んであったりはする。

でもね、それも目糞鼻糞ですよ。数字の上で若干多くみえたところで、それなりの内容が無ければさしてアクセス増えないことには変りないし、ちゃんと見てくれてる人の数なんて、サービスの種類が違ったくらいで変わったりしませんって。自分が見る側に立って考えてみてくださいよ。はてなだったら見るけど同じサイトがFC2なら見なかった?そんな訳ないよね。

で、結局そういう人の姿は今に至るまで居て。

twitterなんかにわざわざ長文分割して書いていったり。挙句にそれを自分で集めてTogetter でまとめたり。長文書きたいなら初めからブログに書けよと。そのリンク貼ればいいでしょ。

ネットの話題からはちょっと離れるけど自費出版トラブルなんかも同根の病理かなとも思うんですよね。読みたくもない本を売れって言われてもね。

asahi.com:自費出版でトラブル相次ぐ「本屋に並ぶと思ったのに」 - 文化一般 - 文化・芸能