MetLog

ブログを書くようになった理由、書かなくなった理由

「ホームページ」が「個人サイト」になる頃、僕らはとほほのWWW入門にたどり着き「HTML」「タグ打ち」なんてことをやってたけどもやがて卒業して「CSS」の門を叩いたさ。

インチキ臭く安っぽいHTMLタグ打ちのフォントいじりサイトから、洗練され上品なCSSをキチンと使ったサイトに惹かれましたよ。タグ打ちではない。マークアップするんだ。小手先で飾るんじゃなく内容と構造を一致させるんだ。ごく簡単なHTMLの説明では目から鱗が落ちた。PC Tipsでは先の「とほほの…」はケチョンケチョンで、まるで自分が非難されてるようで青くなった。うわべでは同じように「とほほ」を馬鹿にしながら急いで自分のサイトを見直したり。そして、たどり着けそうもない先にW3Cがありました。だってそんな正確なものなんて書けそうに思えなかったから。

HTMLによるむりやりなコントロールからCSSでデザインした「正しい」ものに書きなおし、手を入れ意匠も凝り、洗練されたインターフェイスを目指したよ。

そんな時、いくつかの不思議なサイトに驚いた。複雑なCSSで三段組、細かい文字、精緻で動的なリンク関係。バランスの取れた色調とレイアウト、そしてW3C準拠。カレンダーを付いてるだけでも大変だと思っていたのに。作ったのは専門のプロで法人サイトかと思えば個人。で、割とくだらない内容だったり。つまりそれがブログ。

飛びついて自分も書き始めてみました。これはすごい。面白い。簡単に書いて思い通りの形で残せる。夢中で書き始めた。けれど、気楽に、というわけにはいかなかった。

気楽に書く人もいたけれども自分はそうは出来なかった。何故だろう?

書くなら書くだけの責任があり、何か言うならそれなりに調べたり裏を取ったりは必要だと考えた。何か言うなら最低でも基本的な事はWikipediaに目を通したりGoogleで検索してざっと見るのは当然。「ググレカス」から「ちゃんと自分で調べたのか?それ違うし」「それはあなたの単純な思い込み」みたいな罵声は常にネットにあったから。そして書く途中で自分の誤りに気がつくことも多かったから、より一層「あらかじめ調べないと」と思うようになった。

画像も可能ならつけたい。付ければ見やすくもなるし分かりやすくもなる。言葉で説明の難しいことも写真なら一発ということも。写真による説得力というのは千字に勝る。

そうなると、可能なかぎり画像もつけねば。となった。

そうこうするうち、ぶっちゃけ、足の重いものになっていったよ。

要は、重いんだよね。

あれを書こう。…

と思っても書くうちに折れて止めてしまう。

やがて「あれを書こう」と思っても書く前に止めてしまうようになる。そんなことが増えていき、書く量が減っていったんだよね。

そんなタイミングでtwitterに魅力を感じてシフトしたんだよね。裏をとらなくても、細かく説明しなくても、一言だけ。ブログ以前の「個人サイト」の頃はそんなもんだったでしょ?量も少なくパッと思ったことだけ。詰めれば一言二言で十分。実は「出版(publish)」までは必要ない。「つぶやき」でいい。そうしてシフトしていった人って自分だけではないんじゃないかな。

別に「ブログ古い」「これからはtwitter」みたいなことじゃないんだよね。ブログはブログで必要だと感じてるし、ちゃんと書き残したいことはブログに書きたい、とは今も思ってるし。