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蜻蛉日記

朝起きて最初に目で追うのは水槽から突き出た枝で、そこにヤゴの殻が新たにあれば壁に目を遣ります。

壁やカーテンレールの端に羽化したとんぼがとまっているのを見つけると、娘に言うわけです。また羽化したよ、あそこにいるよ、って。

しばらくジーっととんぼを見ます。動いたり動かなかったりを。十分に見たら、じゃぁ逃がしてあげようかという話になって、窓まで誘導して外に逃がす、なんてことが最近良くある朝のひとコマです。

ところがなかなか窓に向かってくれなかったり、より高い天井付近に留まったままだと、追い出すにも追い出せず、朝から追い掛け回すほどのこともなく、仕方なくそのままにしておこうということにして放っておきます。低い位置に居るときに追い出せばいいさ、って。

ところが家から帰ると、とんぼは影も形もないんですよ。庶民の家ですからそんなに大きな家でもなく、最近の家ですから気密性は高くなってる。簡単に出口などありそうにもないのに、それっきり。もうどこにも居ない。何日しても出てこない。死骸も見ない。

そんなことが何度もありました。彼らはどこへ行ってるんだろう?もしかしたらまだ近くにいるのかな?不思議なこともあるもんだね。なんて家族で話していました。


六月というには暑い、よく晴れた午後でした。

ふと一匹の、窓に留まったとんぼを見てました。

窓の外は失敗した写真のように日差しで白く飛んだサイディングの壁が見えます。

サッシのフレームに留まったとんぼは羽根の角度を変えたきり、じっと動きません。

ステンドグラスのような羽根がきらめいて、炎のように揺らめいて窓の外の光に融けて、やがて足も胴も眼も光の沼に沈むように消えていきました。

娘と顔を見合わせて、

「見た?」

「見た。」

娘は本棚に駆け寄り、図鑑を取り出しとんぼのページを開き探し始めました。やがて

「パパ、これじゃない?」

と指すページを見ました。

とんぼ、トンボ、蜻蛉。

ああ、そうか。

あれはかげろうだったか。