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ブログや日記で気にしなくていいこととか、あとNGとか

哲学的な何か、あと科学とかの飲茶さんがウェブ日記(飲茶な日々)を始めたようで。楽しみ。

飲茶さんというと哲学や科学における流れを平易な言葉で語るあざやかさが一級品でそれ以外がからっきしで三級品ながらそっちはそっちで極めつけに面白くてどっちにしても羨ましいのですが、ちょいと読んで、ありがちな誤解と展開が、らしいと言えばらしい。けどもお節介にもちょっとだけアドバイスとか言ってみることにします。

どうでもいいことを書こう

よく考えてみると、「今日行ったあの店の定食はうまかった」的な個人的日常を書いても、他人にはどうでもいいことだし、そんなどうでもいい話をネットに載せて良いのか

この「どうでもいい」と思うのは本当は「他人」ではなく飲茶さん自身。情報の価値というのは本人の想像の範疇外のことも多く、意図しないところで誰かの役に立つものです。

たとえば定食をテーマにしたサイトは内容も系統立ててあったり説明に説得力があったり、数が多ければその人の好みや傾向や情報の信頼性も高くて役に立つことはもちろんですが、そうではない雑多な日々の生活日記の中で出てくる「あの店の定食美味かった」という情報はネットで意味がないかというと、そんなことはない。ばらけた記事でもGoogleが紡ぎ纏めてくれます。そして誰かの役に立ったり。

そういえば最近(でもない?)mixiの無料サービスでも専用ソフトを使って自動的に自分の聞いた音楽一覧を公開できるようになりました。最近何を聴いたかなんて、どうでもいいといえばどうでもいい。でも、本当にどうでもいい?

人のリストを見ると、特にウケ狙いのリストでなくても、何か関心を持ってる相手であれば面白いものです。少なくとも私は、人のリストを見て面白いと思いました。あの人もあの曲好きなのか。とか、あの人が聴いたこの曲ってどんな曲だろう?とか。とすると、きっと私のリストを見て面白いと思う人もいることでしょう。

関心を持った誰かの日常ならほんの些細なことでも、なんだかほっとしたり面白いと思えたりするものです。そして飲茶さんは、私以上にそういう関心をもってくださる読者友人は多いと思いますよ。案外、練った考えや発見、ネタよりもそんな日常のほうが反響があった、なんてことも多々あるものです。

というわけで気軽になんでも書けばいいと思いますよ。

プロフィールは大事、特に年齢

これは飲茶さんのことではないんですが、連想したのでついでに。失念したのですが別のサイトで「プロフィールなんて誰も読まないしつまんないッショ!他人にはどうでもいいことだし。だから書かない」というサイトがあって、それもまたアリガチな勘違いだなぁと思ったわけです。書き手はどんな人なのか?というのは初見の場合特に実は重要です。そしてどんなサイトでも、最初は初見なのです(当たり前だ!)それに作者の立場によって意味が変わることもありますから。

あと年齢とか実は大事なんですけどね。例えば「仕事したくないー!」と書いてあるエントリがあるとして、それが18歳なのか23歳新入社員なのか30歳ニートなのか60歳なのかで全然意味が違ってきます。ガンダムや仮面ライダーなんて話題もどの世代かによって意味が違ってたり。というわけもあって読み手としては書き手の年齢は重要だし、リアル社会と連動したサイトを作ってる乙女ならともかく、それくらい書いて欲しいところ。せめて世代だけでも。年齢を隠す割には誕生日は公開されてたりするサイトが多いのも謎。誕生日のほうが個人情報特定する手がかりになりやすいのですけどもね。

「ネタが無い」は書かない

飲茶先生、開始早々「ネタが無い」と言う話題(笑

何も書くネタがありません……orz

びっくりするぐらい、一行も出てきません……orz

「ネタが無いというネタ」は誰もが書けるネタ、そして誰でもなるべく書きたくない取っておき。いわば伝家の宝刀奥義の秘太刀。しかしこれは諸刃の剣。というより逆刃の剣。開けないほうがいい玉手箱であり希望の無いパンドラの箱、腐った巨神兵。いざやってみたところで面白いことなど何も無く、そもそも「ネタがない」で1エントリ面白い話が書ければ最初から「ネタが無い」なんて書かないし、かなりの書き手でも「ネタが無い」という話で面白かったためしなし。今日の定食の味のほうがまだ良いというものです。「ネタが無いというネタ」は誰でもかけるだけに誰でも書いてる。陳腐極まりない。読み手としてもそういうエントリにはウンザリしてしまう。

「ネタが無いなら書かなきゃいいじゃん…」

私も何万回も呟いた。

ロゼッタストーンにも刻んであったそうだ「今日は日記のネタがない」という日記にはウンザリだ、と。

コメント (6)

天慈:

>「今日は日記のネタがない」という日記にはウンザリだ

わはは。耳が痛い言葉ですな。(笑)
まあ、私の場合だと、ネタがないと書いて始まったその日の日記、結局はダラダラとその日のこと、思ったこと、なんやかや書いてしまって、「どこがネタなし?」と思うような日記になっていったようですが。
つまり、「ネタがない」でおしまいにしてしまうのなら、確かに私も書かないがいいよなあと思いますね。
私だとその「ネタがない」という書き出しさえもネタにして前振りにしてしまうわけだから、重要な言葉でもあるんですが。私にとっては。(W

metro:

何か手を動かしているうちに続くということはありますね。書くうちにまるきり逆の結論に行き着いたり。
まず書き始めることで続くこともありますからね。

いっそ「ネタがない」から書き始めるシリーズとか?(笑
それがネタふりなら、オチは「実はやっぱりネタはありました」という感じかな?

 読んでみて面白いものに仕上がるかどうかはともかく、
なんでもネタになりそうなものを見つけては、デジカメで撮ります。
あとでその写真を見ると、文章がついてくるので、今のところ
ブログのネタに困ったことはないですね。食べたものをネタにしてれば、
食事は毎日毎回するので、なんとかなります。

metro:

何年も毎日欠かさず書くむろやんが言う「ネタに困ったことはない」という話は説得力があってすごいですね。

写真がちょっと入るとグッと見栄えもいいですしね。はてなは基本的に一枚制限でしたかね。あれは面倒ですな。はてなフォトを使えば何枚も大きめの画像が使えるんだっけか。しかしアレは見えない環境があるので個人的には…

とくがわ:

逆にネタ切れには常に悩まされています。
(週一でなければとっくに終わってます)
ネタを限定しているサイトだからでしょうねぇ。

ネタはないけどオチもない、なんてこともよくあります。
濃くはないけど、切れている。みたいな。
そしてネタがない、という無から宇宙(ホームページ)は始まるのです。

なんという壮大なネタがない話…

metro:

とくがわさんのようなテーマ設定、しかもかなり難易度の高いもので、定期的にアップしているというのは、本当にすごいと思います。

あと、無いなら無いなりに毎日(か一定日数で)何か書かれてるという人も素晴らしいことだと思います。が、なんでしょうかね、ネタがないというネタは、それはウチワの事情でしかなくて、「朝が早くて大変なんですよ」と愚痴る寿司職人のようなみっともなさかっこ悪さを感じるのですよ。(妙な喩えか?)

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