MetLog

2007年09月01日

書き順と字形

長女(5歳)がひらがなを書き始めています。というより大体ひらがなはOK,カタカナもぼちぼち書けています。

見ると「ほ」の字の右が「ま」になってます。

私「ほらここ、突き出ないように書くんだよ」

最低このくらいは教えとかないと、とは思うけども、あんまり細かい字形や書き順にこだわるのは気が進まないんですよね。いいじゃない書き順とか細かい字形とか。

私は、ちょっとした字の形や書き順がどうのという教育を受けてきた世代なのですが、本当に意味がなかったと思ってます。

筆より柔軟性のないペン書き文化のアルファベットには書き順がないんですよね。なのにアルファベットの書き順を細かく習った記憶がありますよ。アルファベットに書き順の数字と矢印が入ったテキストを使った記憶が。こんなの→ アルファベットの一般的な書き順

あれって偽文化だったんでしょうか。ちょっとだけ調べてみた。やっぱり偽文化っぽい。

教えて!goo アルファベットの書き順は??

アルファベットの書き順は、戦後英語を全国で教えはじめるときに、書き順が判らなければ教えられない、という教師の要請があったため、文部省が急遽決めたもので、それ以上の意味はありません。

上の回答者は出典として若林俊輔「英語教育の常識」(中京出版)を挙げていました。


小学生の低学年の頃だったと思いますが、子供の頃のこと。友人と書き取りの見せっこをしてるときだったか、ある字についての指摘をされたことがあります。私は小さいころから漢字には自信があったので少しむきになって反論しました。

私「この字のどこが間違ってると?いや合ってるでしょ?」

友人「いやここは突き出るんだよ。ちょっとだけ」

私「いや、突き出ない。そういう風に習うでしょ」

友人「ちょっとだけ出るんだって。良く見て。ホラここ」

そうして示した教科書の文字は「女」です。ノが横棒より出るという友人の主張。たぶんこのブログを読んでる人のフォントで「女」という字のノは横棒を突き出ていないことでしょう。が、友人の言うように教科書のフォントでは「女」の「ノ」は「一」を僅かに突き出しています。ココ。

cchara-onnna.gif

教科書は、こんなにはっきりとした字体じゃなかったですね。微妙すぎる!明朝体の「一」の右端の、インクの溜まったような山と変わらないじゃないか。一って字を書くとき右に山を作る?作らないでしょう?

友人「でも出てるでしょ。ちょっとだけ」

確かにその通りです。うーん。でもテストでハッキリ出すとペケでしょ?全く出さないとそれもペケかな。釈然としないまま、この微妙な突き出方をやらないといけないのかと思ったものです。そんなこと知らなければ平和だったのかもしれませんが、知ってしまうと気になるものです。

ちなみに現在(1981年以降)はどっちでも良いと指導されてるようです。ネットで調べると「突き出ないが正解ですよ」という意見が今や多数派。突き出すような指導は『小学校指導要領』の「学年別漢字配当表」の字形に厳格な態度、らしい。

参考:漢字Q&Aコーナー(大修館書店漢和辞典編集部)
漢字Q&A(その3) Q0101 「女」とい
う漢字の2画目は3画目の横棒より少し出す、と子供が教わってきたのですが、私は確か「出さない」と習ったと記憶しています。どちらが正しいのですか?

「女」といえば、書き順も納得がいきませんでした。「く」「ノ」「一」の順に書くわけですが、漢字は横棒からが基本じゃね?「大」とか「木」とか。不可解。おかしくね?「左」と「右」の書き順の違いくらい納得がいかない。それにバランスよく思ったように書きにくいということもあります。

まぁ百歩譲って「く」「ノ」「一」で良いとして。この書き順を思えば、ひらがなの「め」の元が「女」というのは自然な書き順、字の形ですが、カタカナの「メ」も元の字は「女」の下の部分。とするならカタカナの書き順(ノが先)というのは理にかなってない。そう思いませんか。

今はそんな教育はしてないのかもしれません。思えば私の子供のころはそういう時代だったのでしょうかね。女というのは理屈の通らない、不可解なものだ、と。

2007年09月02日

九月のウォーキングとサーバの移転

9月からまた健康保険のウォーキングラリー開始。三回目。たぶん90日100万歩は達成することでしょう。以前は宣言したり書いたりグラフをアップして、自分プレッシャーで達成の助けにしようと思ってましたが不要に感じるので止めます。

で、昨日からなんですが、やっぱり最初は一万歩をクリアしてスタートしたい。気分的に負債を負ってスタートというのは良くありませんから。にも関わらず、昨日今日と妻が午後から仕事。最悪。自分が外に出て動ける時間があまりありませんよ。とかなんとか妻に愚痴りつつ辛うじて二日で2万歩は達成。


9月からサーバ移転を考えていたのですが、アクセスログデータをごっそりサーバから落したら50Mくらい?ごっそり軽くなったのでとりあえず現状のままでいいやと思いました。ただし、じきにサーバ移行はしなければならなくなるので、MT4の情報は依然として収集中。細かいベータ版が出てるようなのでまだ待ちか?もう少ししたら良い本も出そうだし。

小粋空間: 「Webデザインの新しいルール Movable Type 4.x」について(その3:カスタマイズ)

ちなみに現在の発売予定は10月16日(火)です。また、他に数冊併せてシリーズで出版されると以前書きましたが、今のところこの1冊のみです。

それを読んでからでも遅くない、かな。

2007年09月03日

難読化する名前

「【コラム・断】難読名と偏差値」コラむ‐断ニュース:イザ! (評論家・呉智英)

毎年学生名簿を見るたびに、読めない名前が増えたなと思う。特に女子名。子(こ)や枝(え)で終わる読みやすい名前が少なくなり、画数が多く無理読みの漢字を使った名前が多くなった。暴走族のグループ名に多い方式なので、私は「暴走万葉仮名」と呼んでいる。  まあ、娘にどんな名前をつけようと親の自由ではあるのだが、面白いことに気づいた。暴走万葉仮名の女子学生が多い大学は、あのー、偏差値がね、ちょっと、あれなのですね。難関の某国立医大の教授である友人にその話をすると、うん、うちの女子学生に暴走万葉仮名はまずないな、と言う。超高学歴者ばかりの某有名全国紙の女性記者(子がつく)に同じ話をすると、ああそう言われてみればと、同僚たちの名前を思い起こしてくれた。やはり暴走万葉仮名の女性記者はほとんどいませんね、と言う。

確かに、難読名や珍妙な名前は増えた感じはしますが、ちょっとサンプル数や検証としてどうなのかと思わなくもないではないですね。

三浦展『下流社会』で下流の指標の一つとして「自分らしく生きる」が挙げられているが、暴走万葉仮名にもその「自分らしさ」が感じられてならない。

こっちはちょっと分析として違うんじゃないかと思います。それについてはのちほど。

関連して、こちらのエントリもまた分析が詳しい。

green - DQN名と家柄

しかし明治期の定型への指向という指摘はどうなんだろう。皇族や一部大名の成人後の名前を引いて語るのはちょっとどうかと思いつつ以下の部分はその通りでしょう。

呉智英さんがいう、名前の非定型性と家庭とそこから生じる個人の知的水準の相関性はいまだはっきりしておらず、仮にそれがあるとすれば、ここ10年くらいでそれがはっきりしてくるということだ。

確かに断ずるには時期尚早な気がします。

印象としてですが、難読名が多いのは有名人の子供、というのが先にあったような。DQN名と有名人、どっちが先かは置きますが、波及力や影響は大きいでしょうね。

芸能人・著名人の子供の名前

今見るとそれほどでもないかな。一般人のほうがもっと妙な名付けが多いかも。

少なくとも名の通った芸能人は、普通以上に収入は多いでしょう。でも知性がアレだという印象(ポーズの可能性もアリ)のタレントの命名は期待を裏切らずやっぱりアレだと思いました。そこも含めて芸域なんでしょうかね。

それはともかく命名と関連づけた「下流社会」「収入」というのは違うんでないかな。


先の記事やエントリで「規範意識の逸脱」や「自分らしさ」ということに結びつけられてますが、名前を付けたことのある親としてはイヤそういうことじゃないよという実感もあります。

皆ね、自分の大切な子供には大切な名前を一所懸命考えて付けたいわけですよ。雑で適当な名前は付けたくないんです。後々子供に命名由来を聞かれるでしょうし。DQN名だろうとそうでなかろうと。

昔は貴族や名家の子弟でも雑な名前が多かった。これは上から下まで隔てなく。一郎次郎だとか文字継承とか。安倍晋三首相もそうですね。岸信介とか。finalbentさんのブログを見ながら思ったり。

finalventの日記 - 名前と家柄というか

確かに考えてみますと、全ての知人友人、近所の人々、親族の一部、そういうDQNでない人たちは、難読DQN名を付けていません。珍名ではない。珍しくないと言えば、珍しくない。聞いたことのあるような名前。けれどもどこか捻ってたりちょっと違うな、と思わせる何かがあったり、こだわりや考えが伺える。個性的で且つ一般的。そういう人が多い。よく考えてある。皆上手いものです。「とにかく個性的で」「規範から逸脱」なんてことは願いませんが、平凡であれと願う親もまた居ないのですから。

けれどもそういう名付けは難しいもので、誰でも簡単にそういった落としどころに持って行けるというものでもないでしょう。そうしたかったのにそうなってなかったり。「やっちゃった」ということも往々にしてありそう。そういうことが上手く出来るかどうかには、それぞれこだわりや事情もあるでしょうし、十分な時間が無かったり冷静さを欠いてしまったりすると上手くないこともあるでしょうね。それを持って「知性が無い」「DQN」と断定するのも少し違うんじゃないかとも思います。

皆さん子供に愛情を注いだ名付けをしてるんですよ(暴走気味の人がいるにしても)

「やっちゃった」名前を見ても、せめて微笑ましい親馬鹿として笑ってやってあげなよ。と思うばかりです。

2007年09月06日

あらしのよるに

酷い台風で、帰りが危ぶまれたため定時ですぐに帰るよう業務命令が下りました。

おかげで早く帰宅、風呂上りは長女(5歳)には字を、次女(2歳)には数を教えていました。市販のドリルのようなヤツで。あれってよく計算して作ってありますね。良くできてる。さすが長年多数のサンプルを相手に作ってるだけのことはあります。

長女は以外とシッカリしてるようでいてまだ書けないものです。「ね」が書けないので教えました。そりゃ「ぬずみ」だというと大笑いしてなかなか先に進まず。

次女は「これ、いくつあるかな?」というと指を三本立てて。正解。で、「いくつ?」と聞くと「4つ」と答えます。「三」は「みっつ」だと教えました。分かったかどうか、明日忘れてないかどうかは分かりませんが。

あとは「ちえ」の本(理科系の5歳向けドリル)で「同じ仲間はどれかな?」というヤツをやりながら、コウモリは鳥でないとかニワトリは鳥だが飛ばないとか蝶は虫だとか説明。あと蟹は魚ではないとか鮫は魚の仲間だとかも。娘も結構楽しそうに、私ももちろん楽しくお勉強。

そうだ、そうだったとなんだか遠い昔を思い出します。字を覚えたり、子供向けドリルを解いたり、正解したり間違えるのが悔しかったり、勉強というものは楽しいものでした。どんなことでもそうだけども楽しいだけでは越えられないところというものがあるにしても、最初は楽しいものです。娘も楽しそうです。教えてる私ももちろん楽しい。

せめて楽しくない日がくるのが一日でも遅くなりますように。中にはそういう日が来ないという人もいるようです。そういう幸福な道は…まあ運が良ければ。

2007年09月08日

子供の遊び1 ポコペン

何気なく近所の子供たちが空き地で遊んでるのに目をやれば。

「○○ちゃん、ポーコペン」

という声。ポコペンか。どんな遊びかは、知りません。ポコペン。どこかで聞いたことがあるような、無いような。どこだったろう。少なくとも大人になってからそんな言葉を聞いた事も使ったことも、ありm、いや、あった。


1992年。まだインターネットの時代でもない。当然Wikipediaもない。総勢20人程度の某ゲーム会社、深夜過ぎ。

ゲーム内のアイテムを検討中のAがふと顔を上げて言いました。

A「おー?!これは…metro、ポコペンって知ってる?」

私「いや?知らない。けど聞いた事あるような」

A「鬼ごっこみたいな遊びで。まぁいいや、それがさ、広辞苑に載ってるのな。漢字がある。ほらココ」

ポコペン【不彀本】(中国語で、元が切れる意)だめだ。話にならぬ。

A「中国語とはね。それに広辞苑に載ってるなんて。そうだアイテムかキャラ名で使おうか」

私「いいねぇ音も面白いし。遊びの名前でもあるんでしょ?ポコペンパークとか。どうよ。鬼ゴッコぽいイベントを入れてさ」

というあたりで、先ほどまで机で寝てたと思っていた社長がムックリ起き上がって

社長「却下」

A「え?どうしてですか?」

社長「差別語。戦争中に、中国人そのものを指してたとか」

A「本当ですか?」

社長「本当かどうかは、まぁどうなんだろうね。そこは問題じゃない」

私「避けれるトラブルはあらかじめ避ける。と」

社長「そういうことだ、つまり、ポコペンパークとかそういうのは」

A、私、同時に「ポコペン、だな」

ポコペン - Wikipedia

新型ipod物欲感

新型iPodの発表アリ。自分はiPodShuffleの初期モデル(1GB)とnano初期モデル(4GB)を所有。という立場で見て…

アップル - iPod + iTunes

ipod0709.jpg

ページのレイアウトはiPod nanoがセンターに。nanoが主力製品ということでしょうかね。以下私が思ったこと。

  1. 下取り制度があるんで心揺れる。けどソフマップの査定価格なんで本当の下取り。完動品ながら傷んでいるのでどうせ大した値はつかないでしょうね
  2. iPod Touch: デザインだけでも欲しくなる。しかしWiFiはどうか。後述
  3. iPod nano: デザインでいうと、持つだけでニヤリとなる質感は低下。魅力の大きさでいうと、初代>二代目>三代目←いまココ。しかし動画対応は魅力。買い替えという線も考えるなぁ。うーん
  4. iPod Classic: ハードディスク版はクラシックの名称に。やがて消えゆくもの、か。しかし160GB、まずほとんどの人はすべての曲を持ち歩けるんじゃないでしょうか。しかしHDは持ち歩きたくないな
  5. iPod Shuffle: nanoがあるし旧型もあるので食指動かず関心なし

WiFiを使おうと自分は思うかどうか。それに、どこで使うのか。例えばウチでは使えます、が、それはウチにPCがあるからで。PCがあればWiFiは要らない。外でWiFiを使えるところでは、導入手続きが必要だったり場所が限られていたり。ダウンロードしたい時にマクドナルドを探す、というわけにも行かないでしょうし。電車でダウンロードも無理なわけだし。

それにWiFiは、W-ZERO3の経験から言っても猛烈に電気を食うんですよね。充電可能な場所でもなければ使う気がしない。充電可能な場所でWiFi使用可能な場所、且つPCの無い場所でどうしてもダウンロードしたい局面というのはちょっと思いつかない。自分には不要でしょう。

買わないかな。実物見たら気が変わるかも。どうなんだろう。来週実物を見に行ってみよう。

2007年09月09日

子供の遊び2 言葉の違い

某知人のmixiダイアリーで、天大中小が話題に。

話題になったmixiダイアリー:[mixi] はぁとふる売国奴さん | 上海のホステスから、基準値を大幅に上回るフェロモンが!
遊戯の詳細:天大中小(てんだいちゅうしょう)
↑の元サイト:みんな集まれ!復活!公園遊び!ルールブック

これは遊んだことがある。というか毎休み時間やってたような。昼休みでない、10分程度の休みでも遊んでました。でも、天大中小、天大中小。こんな名前じゃなかったな。

小学生の頃は北九州に住んでいましたが「ドッチャン」と呼んでたような。件のmixiダイアリーでは、異名の話題でも盛り上がりましたが「天中」とか「大小」とか近いものが多く、こんな奇妙な名前で呼んでる人は居ませんでした。


某関西人の友人Bとの会話で。関東言葉は過剰に飾り、美化してて気持ちが悪いとかなんとか。それに比べて関西は下品(と嬉しそうに)なのだと。

おみおつけ、って味噌汁のことを何を気取っているんだとか漢字で書くと御御御漬けで異常すぎとか。豚マンは豚マンであって、肉まんなんてぼかす必要ないだろとか、まぁそんな話題。

関西人Bはその流れで「だるまさんがころんだ」を言及。

そういえば「だるまさんがころんだ」って遊び。「だるまさんが転んだ」というのは10数える時に、文字に当てて数えるということですよね。10文字。

B「関西ではそんな上品な言い方は、せえへん。下品も下品、”坊さんが屁をこいた”だし」

これにはサスガに私がツッコミ。

私「”坊さんが屁をこいた”が下品?でもTVで放送できるレベルなだけまだマシでしょ。私の地元(北九州)では”インド人のクロンボ”だったよ!」

35年くらい前の話になってしまいますが、でも10数える時は「坊さんが屁をこいた」で数えてました。そして「達磨さんが転んだ」の遊びは「インド人の黒んぼ」だったなあ。いろいろ問題がありそうだけども、今でも北九州ではこういってるんでしょうかね。


三十数年前、プロサッカーなど無く、野球が人気のスポーツで子供たちは皆遊んでました。

もちろん本格的な野球などなかなか出来ません。人数が18人揃うこともグラウンドも用具もすぐには用意できません。で、限定ルールの登場。塁が少なく、走者は出塁すると「透明ランナー」になり、走者に玉を当てるとアウト。いわゆる三角ベースですね。

三角ベース - Wikipedia

さらに、投手が居なくてバッターが手で玉を打つ。バレーかテニスの下手サーブみたいにグーで打つ。玉は軟式テニスの球を使います。ハンドベースということもあるようですが、三角ベースでハンドベースでした。これを九州では

「朝鮮野球」

と呼び、略して「朝鮮やろうぜ!」とか言ってました。これも今なら何かと問題ありそうだけども、今でもそう呼んでるんでしょうか。呼んでないだろうな。

2007年09月11日

iPod nano 第三世代に触る

MetLog:新型ipod物欲感

渋谷apple store に新型iPodを見に行きました。iPod touchはモックくらいあるかなと思ったんですが何もなし。三世代目にあたるnanoを触ってきました。

私は初期型を持ってますが、厚みは初期型より薄く高さも低くなってます。画面の大型化もあって横幅は大きくなってますが、コンパクトさでいうと向上してるんじゃないでしょうか。

動画も問題なく見れますし、曲リスト一覧でサムネイルが見れたり、インターフェイスも向上しています。順当進化と言っていいですね。

容量は4Gと8G。私のものは4Gですから、頑張っても2倍。せいぜい2倍。これは意味がないな。ファイルを全部持つならどのみち足りないし、iTunesに繋ぎつつ選んで使う、と考えれば4Gでも充分。

ただ値段が安くなってます。かつての4Gの値段で8Gが購入可能。値段を見ると衝動買いしそうになります。でもなぁ…

正直、同じ値段で同じ容量のnanoが初代/二代目/三代目と売っていたなら初代を買うんじゃないだろうか。車でも、最新型のロードスターを買えても初代を探して買う人はいるし、フォルクスワーゲンビートルだってそうだ。miniもそうだ(iPod miniはあまりそそらないけどね)ちょっと大袈裟だけど、そういう古くても手に取りたくなるような魅力あるフォルム、質感が初代にはあるかなと思いました。

2007年09月14日

皆どうやって体を洗う?

周囲の話題の感触では体をこする派が多いような気がしてます。風呂で皆さんはどうやって体を洗ってますか?

以下、自分小史。

1960年代後半:手ぬぐい

正直、記憶にはないけども、どうやら手ぬぐいで洗われていたらしい。

まだ就学前の私と家族は祖父と同居で、祖父は手ぬぐい(=日本タオル)で体を洗っていました。石鹸の泡立ちは不問でおそらくあまり泡立たず、乾布摩擦のようにこすっていたように記憶。

それ以前の日本全体で、そういうやり方が主流だったのではないかと思うのですが、資料不足。

1970年代前半:タオル

タオルに石鹸をつけて体を洗っていたような気がします。一番ベーシック?

当時はまだナイロンタオル出現以前か?

1970年代後半:ナイロンタオル

たぶんこの時期に、metro家で利用されるようになったような気がします。

ごしごし擦って垢を落す、というスタイル。母のお気に入りのやり方。

1980年代中期:石鹸や道具を使わない

独身生活者となってからしばらくは石鹸や道具を使わないという路線に。洗わないわけではないよ。

風呂には入る。湯は浴びる。不潔な部位は入念に湯を当て手洗い。現在に至ってもそういう場合あり。

1990年代:ボディブラシ

ボディブラシというものを使い、石鹸をつけ体をこする。背中はいいが胸や腹など近い場所を長い柄のついたブラシで洗うのはマヌケ。しかし小さいブラシは持たず。飽きる。

2000年以降:泡をつけ、流す ←今ココ

ナイロンを丸めたような泡立てに石鹸をつけ、揉むと大量の泡が発生。それを体に纏うようにつけ、湯で流す。

この方法は、思ったよりもサッパリと皮脂を落とし肌にも優しく効果的だと思うけども、あまり主流でもないような印象。泡立ては洗顔用が多く売っているけどもボディ用はあまり見かけません。無印良品で見かける程度でしょうか。

子供が喜ぶバブルバスもこのやり方。浴槽に積もった泡を体につけて流すという意味では同じですね。

全体的に擦らない派。擦るのが好きな人は気持ちいいってことでしょうが、私はどうも。それにあんまりゴシゴシ擦る意味って感じません。普通に代謝があれば、石鹸で流すで充分皮脂は落ちるし臭いや清潔さからいっても問題ないと思うのですが、少数派かな。今度はてなでアンケート取ってみる予定。

追記:20070920
はてなアンケートというものを初めてやってみました。
皆さん体を洗うときどうしてますか? - 人力検索はてな

追記:20070929
アンケート終了。

q-wash.gif
enquetegraph.png

予想外に泡を流す派の少なさにびっくり。最小派閥。数としては「洗わない」と同レベルです。うーん。ハンズだとか無印だとか、あといくつかの雑貨屋系の店でもバス用品としては「泡で洗う」商品の品揃えは多いんですが最小か。皆踊らされないんだなあ(私くらいか)

最大派閥は「ナイロンタオルで洗う」です。ゴシゴシ派。これもちょっと予想外。アンケート以前のこのブログのブックマークコメントや天慈さんの書き込みコメント、あるいは知人との会話からも「体をゴシゴシこするのはあまりよくない」という話題が多かったのでもう少し少ないと思ってました。

でも、やっぱりそのあとで「それは知ってても…」と続くことが多かったのも事実で。わかっちゃいるけどゴシゴシ洗うというのが実際のところかもしれません。

アンケートの書き込みが端的なので引用。

tatsu___kun 2007-09-20 23:59:26

ほぼ毎日入浴される方ならば、頭頚部・腋窩・股部(外陰部含む)以外はお湯で流しながら手で軽く撫でるだけで十分です。
頭頚部・腋窩・股部(外陰部含む)は、皮脂分泌が多いか、長い毛の生えている部分ですので、石鹸(普通の固形石鹸で可)で泡で撫でて洗うのがよいと思います。
垢というのは、脱落した角質層(角質細胞)です。擦れば擦るほど垢は出てきますが、それは数日先に自然に脱落するはずの角質層を先取りしているに過ぎず、意味合いは殆どありません。
逆に、手で撫でる以上に、擦って洗うことは、皮膚が元々持っている保湿機能・バリア機能を損ねるおそれがあるので、医師から特別の指示がある場合を除き、やめられた方がよいと思います。

akinakasyou 2007-09-21 00:50:49

体に悪いというのは知ってはいるが
ゴシゴシこすった時の、体の表面が一枚めくれたような爽快感
(特に夏場)がとても気持ち良いので
バスタオルでゴシゴシと強くこすりますね

続く2番目に多い回答がタオルで洗う派。そしてやっと三位で「道具を使わず石鹸と手で洗う」という、こすらない派。現実的には泡立てて流すのとあんまり変わらないような気もしますし、道具も要らず手間もかからず良いかもしれません。

面白い体洗い文化を実践している場合は是非教えてください。できれば試してみたいと思います。

家族の夕食を作る

実は最近、現場直行だったり、会社から現地、その後直帰というケースが多いです。今日もそんな感じでやけに早く帰宅。妻からは夕食の準備命令。

というわけで本日のメニュー。事前に用意するものは用意して直前にやることはやるとして。

・味噌汁:具:茗荷ひとかけ、豆腐一丁、大根を銀杏に、それと茄子、油揚げ。ここまでがベース。
妻子が来てから:オクラをチンして刻んで乗せる予定。早めに入れちゃうと、緑色が抜けてしまいますから。あとネギを刻んだので大人用はよそってからタップリ入れます。

・残りもののシチューのを温めました。
妻子が帰る頃に、子供用にポーチドエッグを作りそれを乗せました。
最近はシチューを食べてくれないけれどもポーチドエッグ乗せで見栄えもアップ、玉子好きな子供のウケもアップ。

・焼そば
ベーコンとタマネギ、ピーマンを具材に。

あと牛肉とニンジンの刻んだものの煮物?が残っていたのでそれを混ぜました。一食分を家族で分けておかずに。

何故か冷蔵庫に一食分だけ残ってたので。三食セットの袋入りのもの。

・キュウリと茄子の浅漬け、茗荷をひとかけ

あとはご飯だけ。残材ベース。そして妻子が来て並べて食べ終わって気がつく、漬物は作ったまま冷蔵庫から出していなかったということに。

残りは明日の朝食へ。

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この時期は外出が増える季節か。とはいえ、それも来週のゲームショウまででしょう。

2007年09月15日

鴨川シーワールド

Photo by PDA

海は良いね。

2007年09月17日

南房総:鴨川シーワールド/マザー牧場

今回三連休の前半を使って、一泊二日で家族旅行。近場。行き先は鴨川シーワールドにマザー牧場。首都圏の代表的な、水族館に観光農場です。

鴨川シーワールドではイルカやシャチのショーを中心に回りました。それ以外では、飼育の難しいクラゲで成果があるとのことで、クラゲのコーナーに着目。といっても、飼育設備はあくまで裏方、見えないし良くわかりませんね。

あとはオウムガイに和む。私が見ているときは全く動いてませんでした。それがいい。止まった時間を過ごしてきた生き物のようで。

IMGA0028.JPG

ちなみにオウムガイの断面の螺旋は黄金比になっている、という説は強引で間違っていることらしい。

オウムガイに黄金比?

黄金比そのものが、現代のカバラであり根拠なき魔法の数字に過ぎないと思ってますが、あの姿を見れば神秘を結び付けたくなる気持ちは良く分かります。


日帰り可能な距離ではあるんですが鴨川でゆっくり一泊、翌日マザー牧場に行きました。両日とも晴天。

羊のショーでは、毛を刈る場面がハイライト。ほかにウシの乳搾り体験などを順に回りました。しかしマザー牧場といえばなんと言ってもバンジージャンプ。行ったからには飛ばねばなるまい。と思ってましたが残念ながら強風で中止。天気がよくてもそういうふうに中止っていうこともあるんですね。まだやったことのないバンジージャンプはまた次回のお楽しみということで。


ウォーキングラリー中なのですが、両日ともに歩数は伸びず。5000歩にも満たないんじゃないでしょうか。しかしマザー牧場は坂が多く、子豚のレースなど人ごみの多いイベントでは娘を肩車で立っていることもしばしば。イベントでなくても子供が飽きだしたら担いだり振り回したりは基本だし。おかげで足腰痛んで翌朝はキツイことに。疲労に見合わない歩数が、勿体ないなぁ。

名前と圧力

マザー牧場でイベントや買い物の列に並ぶと、親子連れが多いためでしょう、子供を呼ぶ声が良く聞こえます。

「コウセイーこっちよぉー」

コウセイか。どんな字をあてるのか、分かりませんが、そんなにヘンな名前ではありません。しかし音読する名前は硬い印象がありますね。

注意して聞くと、どんな字を当てるのか以前に、ちょっと変わった、変わり過ぎた、いわゆるDQN名?な名前が行きかいます。少女漫画の主人公のような名前を呼ばれて出てくるのはだいたい普通のお子さん。第三者からすると「行儀の悪い汚いガキ」に違いなく(ええもちろんウチの子もそうでしょう)で、そんな名前?という感じを受ける人もいるでしょうね。そういうことは、昔はあまりありませんでした。

名前負けする、とか、そんな柄じゃないし、とか、今は気にしませんし。親たちの社会は、近所づきあいとか親戚づきあいとかそういう圧が低くなってますからね。わりと自由な名付けが可能な背景には核家族化や社会のカタチの変化、そういったものと無縁ではないことだろうなと思います。

どちらが良いことかはともかく、社会の圧力が高かった昔は名付け一つも自由ではなかったものです。

それはそうとして。親の社会の対人関係の圧が下がった割には子供たちの対人圧力は今も高いままだという歪みはどうにかならないかと思います。カタチを変えてあげてもいいんじゃないかとか。


子供たちの名前で、一つ引っかかるものがありました。奇妙な名前ではないんですが、親は子供をこう呼んでました

「リュウマー」

リュウマか。リュウマ。どんな字を当てるのかな。あの字かな。もしそうなら、日本史の先生とか国語の先生とか、まず読み間違えるでしょうね。きっと違う字なんでしょう。流真とか。だとしても。

ウチの悪い子

「あ!給食費がない!誰か盗んだ子がいる!」

「そんなことをするヤツはAに決まってる。前に○○がなくなったとき、やったのはAだったしな」

…そんな決め付けで犯人探しをすると問題になるでしょう。その子もトラウマになる。

しかしPCとなると。シャットダウン時に妙なアラートが必ず出るとか、特定操作中に妙な挙動を示すとか、原因不明の問題が生じた場合、そういう「悪い子」からアタリをつけるのが解決の早道だったりします。

最近、シャットダウン時に妙なアラートが出て、「すぐにプログラムを終了する」か「キャンセルする」かを聞いてくるという鬱陶しい問題が出まして。終了だよそんなもの。しかもアラートはすぐには出てこない。あれこれ常駐ソフトが閉じていき、落ちる前にアラート。そのうえ何も出ず上手くいく時だってある。厄介。シャットダウンしたつもりで寝入ってしまって朝になってアラート選択画面がずっと出っぱなしという。閉じろよ馬鹿。モニターの上あたりをデコピンで弾いてみるという解決の足しにもならないことをやってみたり。

さて。そのアラートの原因となるソフトが分からない。Microsoftフレームワークがどうちゃらという表示は出るけど、フレームワークを使ってるソフトが何なのかさっぱり分からず。手がかりなし。

alert.gif

そうなると、ウチの困ったチャンにアタリをつけるしかないです。困ったチャン筆頭はmicrosoft社製のソフト(ActiveSyncあたりは最有力の不良、Officeもそうとうなワル)かセキュリティソフトが最大候補。あとは安いウェブカメラについている常駐ソフトだとか、PCメーカーが購入前から入れてるプリインストールソフトみたいなショボそうなヤツ。彼らを疑うのは後でいい。どうせ大したことができる連中じゃない。

はい先生が目をつぶってる間に正直に手を挙げてー!と言って素直に挙げる連中じゃないから地道に原因を切り分けたり起動しないようにしてみたりあれこれ試すとやっぱりいつもの困ったチャンが原因だったり。やれやれ。

2007年09月18日

ハチ公バーガー

Photo by PDA

バーガーというにはかなり小さい。

外はスポンジケーキ、中はクリーム。つまりブッセ。出落ちスイーツ。

駅前スクランブル交差点付近、ハチ公の対岸にて。

2007年09月19日

車の馬力

馬が動力の車:「Fleethorse」 : Gizmodo Japan(ギズモード・ジャパン)

面白い、が、二頭立てであればなお気が利いていたんじゃないかな。是非2馬力を。

ヒント:

シトロエン・2CV - Wikipedia

2007年09月21日

編集と著作権:教科書とiTunes

教科書

ある機会があって、ちょっと出版関係の方から教わったのだけども、教科書だとか、その副読本といった書籍の場合、既存の出版物を自由に転載できるのだそうです。おお、なるほど。義務教育であれば無償配布することになっている(教科用図書 - Wikipedia)ことも関係があるかもしれません。確かに考えてみれば国語の教科書なんて著作物の集合体。そうでもなければ作るのが難しそうな本が多いような気がします。

これが法や規則に基づくものなのか、慣例、慣習的なものなのかは分かりません。が、道義的な問題もあるからでしょうか、多くの場合は作者に許諾を得てから掲載ということが多いようです。

iTunes

iTunesで、なかなかいい選曲のコンピレーション盤を見つけたので(というよりiTunesの選曲はさすがにツボを押さえたものばかり)ポチッとクリックしてアルバム購入。

ところがこれ、買ってから気がついたんですが、特定のアルバムじゃないんです。プレイリスト。iTunesではほとんどの曲が、バラで購入可能だからそういう曲を集めたオススメの曲セットなんでした。うわ。良く考えたらこれってスゴイことなんじゃない?

例えばCDで「80年代JPOPバラードベスト曲集」なんて企画を立てたりしても、複数のレコード会社が絡んだり他の裏事情があったりで思ったように作れない、という話は聞きます。出来たものの中には一部は本人じゃない誰かが歌ってたりとか良くある話。アニメ/戦隊モノ曲集とかもそう。でも、iTunesで売ってる音楽であれば、オリジナル曲を自由に組み合わせて売ることができる。

しかもそれがiTunes運営側だけでなく私にもできる。プレイリストは誰もが自由に編集して公開することができるからです。(もちろんおカネにはなりませんが)

宇多田ヒカル俺ベスト、とかできるわけですよ、しかもそれに共感する人が多ければより売れて目に付くことになる。でもまだまだ曲は少ないんですけどね。そこがまだネックかな。今、例えば「秋の女性シンガー曲ベスト」とか作ろうとしても、やっぱり本人じゃない人が歌ってるのが混じっちゃうんだよね。

そのうち音源がもう一回り充実すれば、陽水ベストとかサザンオールスターズベストとか似たようなアルバムはイラナイよ。ということになってくるかもしれません。

2007年09月23日

相互リンクの現在

無断リンク禁止の話題は時折再燃しますが、それと対になる「相互リンク」の話題はあまり聞きません。が。最近聞く機会ががありました。

友人であり尊敬するとくがわさんの運営するサイト、偽装科学総合研究所が相互リンクを停止するそうです。どうもリンクしすぎによる疲弊感、というのが大きかったらしい。見てみたんですが、リンクページ1ページにその数234件。おそらく手入力による追加。どれだけいい人なのか。

もともととくがわさん、同系統の大手サイトから相互リンクを受けつけて貰い、それによりアクセスアップの恩恵を受けたことがあるのだそうです。もちろんそれが理由ではありませんが、今やアクセスも十二分にあるという話でした。だけどもその恩を忘れず、なるべく相互リンクの申し出は受けて時間を見つけて追加していってるのだ、とか。つまり恩返し。男である。好漢である。

そもそもそういう話の経緯であれば、相互リンクを申し込んであるのはこのリンク集に載った相手がほとんどでしょう。相互リンクによるメリットの享受はとくがわさんではなく相手にあるところでしょうから。

しかしリンクしてあるサイトはペットにハーブに幸せライフ。仕事探しに癒しに占い。とくがわさんのサイトのカラーとは全然違います。なんのヒネリもない占いだとかヌルい迷信の類はとくがわさんの嫌うところではなかったのか。来るものは拒まず過ぎないか。

なんとも釈然としない。

そういう私も、ブログ以前のサイトMETROPOLISでも相互リンクという形にはなってますが、相互リンクを申し込んだわけではなくたまたま結果そうなってるだけで、私はリンクしてもらいたかったわけではないです。リンクしたかっただけ。偽装科学研究所に書いてあることを面白いと思ったりついには掲示板の常連客となったり。そしてそのサイトを人に薦めたいと思ったから。そんなわけだから「リンク」ページはオススメサイト一覧というだけでなくリスペクトするサイトの一覧でもありました。

元々サイトのリンクページ/相互リンクというのはそうしたものだった、と思います。

しかし現在のとくがわさんのリンクページ、どうなんでしょう。200を越えるサイトの管理人が、常連だったり交流があったりというのは考えにくいところ。特にサイトのテーマを見ると、全く関心無さそうな人がリンクを申し込んでるんじゃないかと思ってしまいます。

で、リンク先をいくつか開いてみました。相互リンクというからには、偽装科学研究所のリンクがあるはず。

リンクを探しに、まずトップページから「リンク集」をクリックすると、そこに該当サイトが無い、なんてことがほとんど。リンク集ページは、実は「リンク集ページ」集になっていて、さらに下の階層に行かないと探し出せなかったりします。しかも「お役立ちリンク集- 2」とか「その他- 4」とか、分類名からは素直に辿れません。これが最近のトレンド?もろに関心のなさ丸出しでない?

リンクはしませんがこんな感じ(画像)

linkpage-ex.jpg

しかも、サイトによっては「相互リンク募集中、相互リンクの方は、先にこちらをリンクして、それを確認したらこちらもリンクします」という注意書きがあったりして、まるで申し込みがあったリンク一覧であるかのように見えます。モテ演出?

ネストの深いところを彷徨いやっとの思いで探し出したら、よく見る偽装科学総合研究所の紹介文がコレ。コレですよ。(強調:metroによる)

このサイトはなんなのかといいますと、疑似科学サイトではありません。現代科学技術で何が出来るのか?何がわかってないのか?実はこんなことも出来るのかと、そういった科学関連の薀蓄垂れ流しサイトです。

失礼じゃない?

敬意も愛もリスペクトも何も無いんじゃない?リンク頼んだ上でする紹介が、コレ?

実はこれとくがわさんの自己紹介ページ(自己紹介)からのコピペ。ここは自虐で自嘲で謙遜ですよ馬鹿ですね。誰が始めたか、まるまるコピペ。そろいも揃って皆同じことをする。もしかすると、というかたぶん、自己紹介すら読まずに他の人の紹介文をコピペしたということでしょう。

この人たち内容を全く読んでないんでしょうね。だからコピペするしかない。相互リンクを頼むだけ頼んで、相手のページは何も見ず。恩を仇で返しているとまで言わないまでも、どうにもとくがわさんの恩返しは報われていないように感じてしまいます。


そういえば相互リンクというもの、今はどうなってるんだろう?「相互リンク」で検索してみました。

イマドキは「相互リンク」といえばSEO(検索エンジン最適化)がセットで出てきます。そうかそういう理由で相互リンク、なのか。堅気のサイトからリンクを張られる。そうすると検索順位が上がる。リンク一杯されてるサイトを検索エンジンが高く評価する、ということになっているらしい。自分もするから相手もしてねという実の無い交渉の残骸がリンク集というわけ。一枚カードを得るために一枚カードを捨てた、捨て札置き場ですね。

相互リンク。ブログでは相互リンクもない。トラックバックがあるし。そちらも最近は下火傾向ですが。相互リンクといえば「テキストサイト」をはじめとする、ブログ以前の従来型ページ。主な構成は、トップページから枝を辿るスタイルが主流で、主に「日記」「掲示板」「リンク集」「コンテンツ(何かの情報)」という構成。私が昔作っていたサイトMETROPOLISもそんな感じ。でも昔流行って今廃れてる、というわけでもありません。そういう文化は脈々と生き、今も生まれ育っているわけです。

CGI不可だったり、出来合いのブログサービスのようなものがイヤだったりで自分でサイトを作ろうとすると、そういう構造のシンプルなサイトになります。ブログサービスとかは商用不可というのも多いから、かもしれません。だから今もそういう「ホームページ」スタイルは生きています。そして作ったら見てもらいたくなり、見てもらう=アクセスアップ。で相互リンク。その流れは昔と変わってないような気もしますが、どうも大量リンク集を作るというのが最近の潮流なのかも。以前はそんな大量リンクサイトは商用サイトだけだったような(データを示せない上個人的記憶と見聞範囲なので、間違ってるかも。指摘していただけると嬉しい)

2007年09月27日

次女の運動会/auone

Photo by PDA

体調が悪く風邪っぼい。でも会社に休みを届けたのはそれを予想してのことではなく、次女の運動会参観のため。

今朝は7時に妻や娘らと車で出発。しかし参観は9時からとか。90分ほど暇なことが判明。中途半端なところで降りて歩くも持て余す←今ココ

今日14時からauoneがオープン、au携帯でgmailのアカウントが取れ、携帯で使えるようになるらしい。たぶんアドレスは早い者勝ち、接続集中で登録が困難と予想。それでも狙うシンプルアドレス。

au one のGmailにガッカリ

本日au oneが本日14:00にスタート。そこで一つの話題が、新規に発行されるGmail アカウント。@auone.jpを取得可能に。

14:00の10分前はサイトはオープンしておらず。で、1分前には既にスタート。早速アカウント作成。なかなか繋がらないものの、何度かリロードすると繋がるというのは予想よりもかなり良い状態。

実はDuogateサービス利用者は、アカウント取得の必要は無かったんですが、そうとは知らず(というかかなり焦って)新規に取得。アカウントなんて別にシンプルでなくていいんです。問題はメールのアカウント。で、何度かトライして新規にシンプルなものを取得。metroじゃないですよ。

しかし、これって本当にGmailのアカウントというだけで、かなりガッカリ。EZ-WEBトップページからアクセスが簡単、ということはありますが、着信を携帯で報知する、というような対応が無いんでした。すでに携帯でGmailを利用することがある身としてはちょっと意味がない。

もともとau one の前身であるDuo Gateでは、住所録にある誕生日情報を元に、携帯側のサービスと連動して「今日が誕生日の人」を着信通知のように教えてくれるサービスを行えていたので、メールと連携して報知というのは出来るんじゃないかと期待していたのですが、Gmailは外部サービスだし無理なのかな。とりあえず単純なメールアドレスの確保だけはしておきました。今後のサービス拡大に期待。寝かせアカウントかな。

2007年09月28日

代官山アドレス

Photo by PDA

なんというストライプ。計算か偶然か。

2007年09月29日

はてな人力検索について分かったこと

はてなアンケートに質問を出してみてなかなか面白かったので、メモ。といっても質問内容よりも「はてな」についてが面白かったのでその件について。質問内容そのものに関しては別エントリ(MetLog:皆どうやって体を洗う?)にて。

質問内容はコレ→皆さん体を洗うときどうしてますか? - 人力検索はてな をきっかけに、他の質問の回答者分析も見て回りました。傾向は他の回答を見ても大きな差がなく、以下知ってる人は知ってるのかも知れません。今更な話題?

質問と信頼性

おそらく、誰でも回答可能な簡単な質問です。たったの1ポイントゲットにしかなりませんが、質問内容も単純で説明文も長すぎず、チェックボックス一つをクリックするだけなので、特に理由がなければ障壁なく誰でも投票してもらえるものだったと思います。見てもらえた人で面倒でない人は、記入いただけたのではないかと思います(結果、過去11748件中60番目の回答量)

内容もまじめなつもりですし、コメントや回答比率の推移を見ても、おおかたまじめに回答いただけており、トータルで出てきたデータの信頼性は高いと感じました。

アクティブ総数

アンケート開始後、数時間とたたないうちに200名以上に回答を頂きました。早い。一日で500に達し、加速度を落としながら緩やかに回答者数をのばして行きました。

しかし900を越えたあたりから得票数が頭打ちになり、一週間後の締切時には1218人。アクティブに投票してくださる人数は、回答しやすいものでも1000人くらいが目安かもしれません。

また、推移時期によって回答傾向が変わるとか、早く答えるのは○○代が多いとか遅く答える人の性別は○が多いという印象もなく、わりと均質に増加して行った印象がありました。

男女比

malefemale.gif

男:女=2:1。ちょっと驚きました。先入観としてアンケート回答というものは他のサービスに比べて女性比率が高いと思っていたので、もっと1:1に近いと思ってましたが男性のほうがこれほど多いとは思いませんでした。

年代分布

genelationh.gif

これも意外な結果。20代が最も多いかな、と思ったところまでは予想通りでしたが30代も多い。質問によっては三十代回答がもっとも多いものも。私の質問では20-30代で全体の3/4に。

逆に意外だったのが十代の少なさ。20代未満よりむしろ40代のほうが多い(他のアンケートも概ねそんな感じ)十代はケータイジェネレーションだからなのか、それとも「はてな」ってネットサービスとしてはアダルト傾向、なのかな。

50代以上はかなり少ないですね。一握り。

地域差

area.gif

東京には日本の人口の1/10が集中し、関東には1/3が集中しており、さらにアンケート回答者には20~30代が集中し高年齢層が薄いことを踏まえても、回答者の半数が関東というのはちょっと偏ってるかな。

ネット利用者の地域差というのもあるかもしれない。

参考:MetLog:地方ではiPod等デジタルプレイヤーが流行っていないという意見

高解像度TVは全く欲しくない

ウチのTVは丸みのあるブラウン管の旧式のもので、今のところ故障もなくそれでいいのですが、故障すれば次はどんなTVを買うのかなぁとか漠然と考えます。ワイドで薄型で大画面で高解像度?イマドキの一般家庭はどれくらいのものを買ってるんでしょうか。

地デジに高解像度,大画面TVにPS3、ブルーレイにHDDVD。そういう「画像が綺麗」をウリにした商品は、正直、魅力を全く感じないんです。「どうだすごいだろう?」という映像をみるたびに余計に萎えます。

ある日会社で高解像度大型液晶TVを、プレゼン用も兼ねて会議室に設置。TVも見れるらしいということでTVを見て愕然としましたよ。荒く汚くぼやけた映像の汚さに。いやちょっと見れない。ブルーレイのDVD映像なんかを見ると逆に鮮明でクリアで緻密な映像に驚嘆もするんですが、そういうのを見るとますます「自分では欲しくないな」と思います。

自分で高解像度のTVを買ったところを想像します。きっとそのタイミングで地デジに切り替えるんでしょうね。そして改めて見る娘らや家族を撮った映像、DVD、デジカメ、そういうものがガラッと汚くなっちゃう。劣化してしまう。

高性能のTVというのはより綺麗に表示する装置であると同時により汚く表示する装置で、結局手持ちのソースの比率によるんだろうとは思うんですが、既存のソースを重視する場合、より汚く見せるものでしかないんじゃないかと思ったりもします。そこを考えると欲しくなくなる。

数年後、地上波は終わり皆地デジになるんでしょうか。別にいいです地デジ。TVあんまり見ませんし。地上波のままが面倒臭くなくて良いんですが。

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