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金の沈黙

沈黙は金、雄弁は銀。実は昔は価値が金<銀だったので本来は沈黙<雄弁っていう諺だという話なんだそうで。

今はそういう前提でこの諺を使う人はいないでしょう。金より銀か、銀より金か。どっちが本当ってこともないでしょうね。時代によるわけでもなく、場合によることでしょうが、少なくとも沈黙のほうが雄弁よりも高い価値があるという場合も、決して少なくは無いということでしょう。


娘(5歳)と散歩しました。結構長距離。始めはいろいろ喋ったり遊んだりふざけたりしたものの中盤、後半にはただ黙って手を繋いで歩いてるということも。

私「どうしたんだい疲れたのかい?」

長女「一人で考え事してたの」

私「何を考えてたんだい?」

長女「教えない」

私「教えなくても分かってるよ」

長女「何?」

私「パパカッコイイ」

長女「違う(笑」

私「お腹すいた」

長女「違う(笑」

みたいな会話をしてみたり。一人で考えたりするようになったんだな。そしてそれを秘密にするようになったんだな。来年は小学生だ、そんな感じになっていくんだなとちょっと感傷的になってみたり。

そしてまたやがて黙り手を握り歩く親子。会話のないのもいいものだ、と、思いました。


ネットで若い人たちの発言を見ると、沈黙が恐いとか沈黙を潰すために会話を繋ぐとか、とかく沈黙というのはコミニュケーションの鬼門のような扱いを見かけることがあります。男女間で、友人間で、飲みの席で、会議で。

しかしそれって入り口の入り口、Hello,Worldですよ。たとえば男女にしても、最初は気を繋ごうとかいい印象を持ってもらいたいとかそんな感じだと沈黙はマズイと思うかもしれない。けれども最終的に良い雰囲気の男女というのは部屋の中に居て一人は雑誌を開き一人は別の本を読む、特に会話なし、でもいい雰囲気、っていうもんなんじゃないかと思うんですよね。

友人にしても、やたらと仲が良くなり気楽な関係になれば、友人宅にいてろくな会話もなく勝手に本を読んでたりゲームをしたりで実はほとんど喋らなかったり、なんてこともあるでしょう。

会議や飲みでも、やはり上手い人になると良い沈黙(気まずい沈黙とは違う沈黙)を持たせるのが上手いんじゃないかと思ったり。

良い関係、充実した時間というのは沈黙を恐れるんじゃなくて、沈黙が良く似合うんじゃないかとも思います。


会話よりも上質な、会話の無い時間。そこにいるだけで満足してしまうような時間。そういう、蜜のような黄金色の時間を、金の沈黙と呼びたい。

コメント (2)

それじゃあ、無言OFF開催というのはいかが?

metro:

あ、そういうのもいいですね。
「こんにちは。ご無沙汰」
「こんにちは」
(沈黙1時間)
「では今日はこの辺で」
「ではまた」

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