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民間航空発祥の碑

稲毛の稲岸公園にて。娘と散歩。晴天。

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航空機のパイロットになりたい、というのは男の子ならわりとある夢の一つだと思います。私も小学生の頃は、なりたい職業の一つでした。

しかし、小学校の卒業文集で私が書いた「将来の夢」は更に一歩飛んで「宇宙飛行士」でしたよ。夢と現実を繋ぐ道筋を考えるようなことはしない子で。それは後まで尾を曳く性向であったように思います。


卒業文集には、将来なりたい自分の絵を描くというページがありました。読書の好きな女の子は図書館のお姉さんの絵を描いていました。ヤンチャ坊主で適当に優等生な私は宇宙飛行士を描きました。当時、元宇宙飛行士を主役に据えた「600万ドルの男」という小説/TVドラマにハマっていたせいもありますが、教師が望む内容というのをある程度読んでいたのだと思います。テキトウに大きなことを描いておくのがいいんだろう、と。

しかし学級の何人かは「工員」でした。未来の自分像は地味な作業服を着たオッサンで。大人の顔色を読む私は「現実的すぎなんじゃ?」くらいに思ってました。

当時の私は思い至らなかったんですが、たぶん「工員」を描いた人は工員になりたいというよりは、父親が好きで、そして尊敬していたんでしょう。自分も父のようになりたいと思っていたんでしょう。

果たして担任はクラスの「将来の夢」を見てどんなコメントをもらすのだろう。現実的過ぎる職業を嘆いたりするんじゃないかとか思ってたら、違ってました。全員の将来像を見て喜んでました。

「よかった!うちのクラスで自衛隊員になりたいなんていう子が一人もいなくて!」

当時はあまり深くイロイロ考えることはありませんでしたが(小学生だしね)後から思うと、クラスに「父親が自衛隊員」なんて生徒が居なかったことは不幸中の幸いと言えますね。

コメント (2)

天ちゃん:

私の子供のころも「自衛隊に入りたい」とか言う子供はいなかったですけど、けっこう自衛隊員の子供さんっていましたねえ。
ただ、転校転校を繰り返していたみたいで、あまり子供にとっては嬉しくないだろうなあとは思ってました。
大人になれば、いろんな場所に行けて、いろんな人と友達になって、いい経験だったとか振り返れるんでしょうけど、子供の頃は、仲良くなった友達と別れなくちゃならないっていう気持ちが強かったと思うし。

なんてことを思いました。

metro:

転勤の多い子供って、私の周りでもいました。
そうそう。傍から見ると羨ましいなと思ったりもしてましたが、本人は本当にそれがイヤそうでした。
折角仲良くなれたのにお別れ、そしてまた知らない人ばっかり、っていうのは大変でしょうね。
自衛隊がらみの子もいましたねぇ(今思い出した)会社員でそれ、っていう子もいました。

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