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渋谷の建築10:岡本太郎記念館

Photo by PDA

設計:坂倉準三 / 竣工:1953年

5月ということもあって太郎鯉のぼり。岡本太郎記念館は、もとは太郎氏の邸宅。設計はコルビジェの弟子としても知られる坂倉準三氏。しかしレンズ状の屋根は岡本太郎氏の発案によるものだそうです。

今は記念館として氏の作品が見れるほか、入り口部分ではケーキが買えて庭を前にお茶できるようになってます。


「加山雄三邸のある通りを若大将通りと呼ばれることは広く知られているが、青山の岡本太郎氏の邸宅のある通りは爆発通りと呼ばれている」

と、昔(27年は前のことだろう)ビックリハウスの投稿にありました。本当かいな。当時から半信半疑でしたが(つまりそれは半分信じてたわけですが)実際、どうなんでしょう。


岡本太郎氏は、ちょいといいオトナな年齢層以上であれば、顔も名前も良く知ってることでしょう。「芸術は爆発だ」とか「グラスの底に顔があってもいいじゃないか」(確かウィスキーのCM)とかで、セリフはもとより、ビックリしたような表情、しぐさ、喋り方が特徴的で、往時は田中角栄と双璧をなしてモノマネされる有名人の一人でしたから。

氏の作品は大阪万博での太陽の塔が最も有名で、都内でも青山円形劇場や銀座で目にする機会も多いことでしょう。誰もが知ってる岡本太郎という人はつまり高い評価を得てる芸術家センセイらしいけども、奇人で変わり者、どこがいいのか良くワカランというのが一般的な認識なんじゃないでしょうか。

世間では奇人ということになっていた岡本太郎氏、実はこの上なく真面目な芸術家で、その言葉からはベーシックな芸術観が伺えます。死後半世紀を越えても色褪せない著作は、近年再評価されています。逆に言うなら、氏の芸術はやや古臭く、現代美術ではなく近代絵画の領域。もちろん古いことがイケナイことでもないし、氏の価値を落すものでもありません。


私の友人が、岡本太郎氏存命の頃、たまたま遠巻きに見たことがあるとのこと。別の高名な芸術家か評論家(名前失念)と美術館かどこかで立ち話をしていたと。

私「で、どんな話してた?」

友人「いや、普通に喋ってたよ。例の太郎喋りじゃなくて。あれってTV向けの喋りなんだろうかね」

私「…」(そういうことを聞きたかったわけじゃないんだが)


これも存命中の話。あるとき百貨店のイベントで岡本太郎氏のサイン会が開かれ、そこに行った友人がいまして。昇りエスカレーターでふと気がつくと、目の前の人が岡本太郎その人であったと。サインする側貰う側が隣あってエスカレータに乗って同一地点を目指すというシチュエーションもシュールだ。

で、その友人もちょっと変わってて(というか問題があるのだが)サインを書いてもらう本を持参しており、それがピカソの画集だったわけです。普通はサインする人の著作か、色紙などプレーンなものにするのが常識というものではないかと思うところだけども、友人は友人なりのリスペクトを持って差し出したようです。

ピカソの画集を差し出された岡本太郎氏、丹念にページを開き中を見て最後のページを閉じたときに言った一言

「ボクのがないね!」(ここは岡本太郎モノマネ風で)


…てな話を思い出しましたよ。それにしてもケーキなんか出しちゃってさ。コジャレた空間に収まっちゃってさ。もし氏があの世から見ているなら、こういう納まりのよさにはいやぁな気分をされることでしょうね。

ところで、この建物。下の地図の場所にあるわけですが、骨董通りから一つ入った小さな道沿いにあります。「XX通り」と呼ぶにはあまりに短い。「爆発通り」という呼称はネタだったんでしょうねぇ。

コメント (2)

岡本太郎の著作、中学生の頃夢中になって読みました。僕の解釈の問題で、「他人に影響を受けないため、他の人の作品を見ない(聞かない)」とか、「絵は、展覧会などで本物を見なくても、画集などでよい」などしてしまったため、ちょっとあれでしたが・・・。

metro:

基本的に、そんなに悪いことは書いてないとは思うのですがそれでも誤解を生みやすいところや間違った点というものはあるものですね。

画集でよい、なんてことはないですね。そここそがイラストと絵画の違いで、絵画は印刷では分かりませんからねぇ。

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