
設計:竹山実 / 竣工:1978年
駅へ向かって張り出した埠頭の突端に聳える灯台のような渋谷109。渋谷のランドマークを超えて「繁華街」という概念のランドマークと言ってもいい。
ところで、右手に回ると、建物がブッツリと切れている、ということをご存知でしょうか。

切れているどころではなく、実は別の建物なんです。109に凹みがあって、そこにすっぽり嵌る形で別の建物になっているという。地図で見ると一目瞭然です。
建設当時、用地買収に一軒だけ応じなかったため、このようなことになってしまっていることは案外知られていません。左からの写真映りの良い、右から撮られることを嫌う女優のようなこういった一面も渋谷を代表するランドマークには相応しいのかもしれません。
ボクは東京で一人暮らしを始める。今、ボクよりちょっとだけ先に東京人になったセンパイの世話になっている。今度ハンズに行こうという話。
「センパイ、イチマルキューを右に入っていくといいんですよね、確か」
「え?今なんだって?」
「ええと、イチマルキューを右に…」
(鼻で笑って見下すように)「あー、もしかして、あの円筒形のビルのこと?」
「そうだけど…」(何か間違った?)
「あれはなぁ。…もしかしてオマエ、ヒャクキュウだと思ってない?」
「え?ヒャクキュウって書いてあるし…」
「違う違う。あれは、10、と、9。だから、トウ・キュウ。トウキュウって読むんだよ。」
(赤面しながら)「なるほど!東急のビルですしね」
「全くオマエはなぁ。この前、吉祥寺のことをキッショウジって言った時みたいに、笑われるぞ」
「いや、どうも。また恥をかくところでしたよ」
「わはははは」
「わはははは」
それから20年。
ボクは今、日々の5/7は渋谷で過ごしてますが、あれは「イチマルキュウ」でいいんじゃないかと思ってます。第一、トウキュウって言うと大抵の人は、ほど近い東急本店のことだと思ってしまいますし。
というような話が、渋谷には多い気がします。私が友人と待ち合わせたとき、
私「今どこにいるの?」
友「オイオイの前だよ!」
と言われてビックリしたのも渋谷だったなぁ。他にもある。
垢抜けない友人と一緒に渋谷を歩いてた時のこと。でっかいビルにパチンコ屋が何フロアにもまたがって営業してるらしい、って話をしながらキョロキョロしてたら、彼は
「あれじゃねーの?」
と指差す方を見ればそれらしい建物はありません。
「どこ?」
と聞き返すと
「ほら、あれ。パルコって書いてある」
…
一瞬意味が分かりませんでしたが、2秒頭の中が白くなった後に理解しました。確かに地方都市に行くとパルコっていうとパチンコ屋かラブホの名前に多い気がします。
渋谷には、そんな人を混乱させる魔力があります。
まず駅前からして、すぐに理解しにくい。新宿であれ池袋であれ、東と西、表と裏では表情が違うし、土地をよく知らなくてもそういう違いを手がかりに、逆に行けばどこ、四方で考えればどう、というふうに推測しやすい。
ところが渋谷は五角形というか七角形というか妙な放射状で、表情の違いもなかなか分かりにくい。魔都的な形状としか思えません。
東京という都市自体も放射状で、江戸城下町の痕跡を残し、皇居を軸に放射線と同心円で道路網が構成されているわけですが、軸からずれた一点からまた別の放射網がある、そんな場所が渋谷です。それは自己相似を繰り返すフラクタル図形の美しさを連想できず、どちらかというと顔にできた人面瘡のような不気味さのほうがマッチします。
迷いの海にさらに誘う灯台、渋谷トウ・キュウ。