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ある美術家の死

高校を卒業して絵の指導を受けた恩師の訃報を受けて日帰りで博多に戻りました。

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先生は、貧乏でした。上手いが地味な、テーブルに白い布を敷いた上に花を置いた絵だとか静物だとかコテコテの具象を描いていました。年に一、二回ほどの展覧会(儲かるもんじゃないんです、ギャラリー借り賃をペイできてはいたと思いますが)と、それほど広くはないアトリエで社会人やリタイアした層を対象に少人数の絵画教室を開いていました。これも乞われてやってる感じで。年に何度か地方まで巡回しない展覧会を見に東京に行ったり、咲き誇る桜の古木を描きに山奥に行ったりする以外は無駄のない生活だったようです。絵画教室だってもっと大きくしてはどうかという風に話題を振っても、なんとか暮らしていけるし別にそういうつもりもないという風でした。

帰省の折には顔を出して話していると、気ままながらも充実した生活ではあり、正直羨ましく思っていました。お金にならないし稼げないから絵描きでやっていけない、とはよく言われることですが実際は継続して続けてやっていけば、そして分を越えた贅を望まなければ、今の世の中なんとかやっていけるものです。しかし自分は選んでそこに踏み込んでいけなかった。経済的な問題であると自分で信じることにして、実は自信のなさや弱さだったんだろうと思います。

最近NHKなどで「ワーキングプア(働けど貧乏)」という番組があってからそういう話題もよく見聞しますが、スペックだけを比べるなら、先生はハッキリ言ってそれ以上の段違いの貧乏っぷりでしたが、TVに出てる人のような貧しさはありません。お金のある無しではない選んだ生き方が違うというだけの話。貧乏だけど豊かな生き方は羨ましいものでした。

通夜では、祭壇に白い布がかけられ、その上にはアトリエに入りきらないほどの花が飾られていました。

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私も、地元に住む恩師が2,3年ほど前に亡くなり、お葬式に顔を出しました。

metro:

日程の都合で連休がとれず、通夜は中座、本葬は欠席です。しかも通夜の和尚の読経が驚異的に長い!ベリィロング!ワンナワーオーバーですよ(ルー大柴風)飛行機の最終便の時間が気になるほどでした。

連休がとれれば、そしてもう少し、時間があれば、通夜ではなく生きてるうちに会えたろうに、と思うと残念です。

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