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占いは正しくてはいけない

徳保氏の備忘録

星座と性格

を拝読。星座と交通違反や事故の関連について。

調査したのは保険会社だそうなので、まずこの会社が星座で保険料率を変えてみたらいいと思う。

とはなかなかいいオチ。楽しめました。で、分かってて言ってるんだろうとは思うけども、続編エントリでは微妙な香りが。端から否定するのもどうかというエントリ。

備忘録:検証する価値のある与太話

星占いにしても血液型にしても占いですからね。少なくともそういう意味で流通していますし、占いとして利用され、多くはそう解釈されています。その時点で答えは出ています。

案外認識してない人も多いのですが、占いというものは、正しい根拠があってはいけないんです。根拠が本人に紐付けられつつもズバリであってはいけない。むしろ正しくてはまずい。

たとえばそこに占い師がいたとして。占い師は客の性格を断じ判断を下すわけですが、性格なんてね、会って少し話せば分かる人には結構分かる。年齢性別仕草に髪型服装の趣味、表情に、それまでの人生が刻まれた顔に声。訛りから地域環境生育文化もある程度は推定できるかもしれない。しゃべるペースに言葉遣いに声の大きさ、しゃがれ具合、さらに両親の性格の一部でも聞き出せばかなりの部分が浮き彫りになるでしょう。しかし、そんなことを根拠に人は性格をいろいろ言われたくはないものだし、誰だって認めたくはないでしょう。腹が立つかもしれない。

けれどそうやって見立てた性格や判断の根拠を「ホクロの位置」だとか「方位」だとか「手の皺」だとか「生まれた日の星座」だとか本人に紐付けられた情報で、かつ無関係な何かにすることで、受け入れやするなる。納得するための触媒なのです。占いとはそう機能する文化であり装置なんです。雑誌や新聞やその他実際に本人を目にすることがないものであっても同じことです。

だからむしろ占いに科学的な根拠や正しさがあってはまずい。不都合が生じます。なぜなら受け入れがたいものになってくるから。それに問題も出てきます。「兄弟の人数と家族構成占い」とか「親の職業占い」なんてのがあっちゃヤバイでしょやっぱり。

「早生まれの影響でこういう傾向が云々…」と言うよりむしろ「○○座のあなたはこういう性格」と断じたほうが、根拠があろうがなかろうが「そういうトコロ確かにあるよなぁ」と納得する人、というのは多いものです。

というわけで検証するだけ野暮。星占いと生まれ月による差というのは似て非なる話です。

コメント (4)

つじ:

学校の成績とか会社の年収とかを根拠にする占いとか、あったらものすごく嫌。

昔はそんなモンだったのかもしれないですがねぇ…と私は思ってます。
占いもまじないも科学知識も全部混ざってたのが、だんだん分離した
んじゃないかなぁ。
あの天文学者のケプラーですら占い師(売れない)だったそうです。

分離した理由はよくわかりませんが、それもあるのかなぁ>受け入れがたい

metro:

>つじさん
>成績や年収

それはイヤだ(笑 というかそれ以前に答えるのがイヤだったり(笑

>とくがわさん
>科学
そうですねぇ。昔は芸術も宗教も科学でしたからねぇ。でも「科学的」は無かったんじゃないかなぁと今思った。

つじ:

自然科学は、昔は哲学の一分野でしたね。今でもそういう側面はあると思いますが。

頭の中で考えたことを確かめるために実験をして、予想と違っていたら考え直してまた実験するという、自然科学の手法が使い物になるためには、哲学者個人個人の努力ではどうしようもない部分があって、実験機材を作り上げるための産業的な基盤が必要です。頭の中で考えるだけで実験できないなら、物理学だって占いと何も変わりません。言いっぱなし。

物理学や化学が比較的早い段階で科学的なものになったのは、初期の実験を実現するために必要な工業力が、生物学などに比べれば比較的低くてよかったからだと思います。

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