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人は何故、結婚するのか

「で、みちアキはどうするの?」

以下、引用の引用。

aozora21 法的に夫婦と認められなければならない理由が分かりません。(悪いということではないですよ。ただの疑問)

akky20050605 確かに結婚という形式を取る必然性がよく分かりませんね。

あとコメント欄も興味深い、というか…

ri 『結婚は、相手に迷惑をかけたくないから、休みの日だけに会って、後は別々に暮らしたいですね。。』

ri 『本当は一緒に暮らしたいけど。』

ri 『よく考えたら、↑こういう状態だったら別に結婚しなくてもいいですよね。いろいろなもの(子どもとか経済的な面倒見てもらうとか)あきらめてるから、相手の愛情と自分の愛情だけがあればいいな。』

なんだそんなことも分からないのか、という部分と、10年~20年前の自分もそんなことを言ってたなという懐かしさもあり。過去の自分に再会する気分でもあり、そんな過去の自分って結構な数が生まれては消えていくんだろうと思うので、結婚について説明してみるのも無意味ではないだろうから書いてみます。

10年どころじゃないな。7年ほど前か、結婚する頃になっても似たようなことを考えていました。自分は別に結婚なんてしなくてもいいや。支えあい一緒に暮らしていければ子供がいようがいまいが、結婚なんてカタチに縛られることはない。あれってただの制度でしょ?彼女がしたいっていうからするだけで、自分でしようとは思わないよ。…なんてね。

そうじゃない。全然違う。結婚する、というのは、彼女と末永く暮らすとかロマンチックだとかそんなことでもないし別れにくくする保障がどうの(なんでかフラメンコ)という話でもない。ましてや法が云々というのも違う。法は文化を追認/補完するもの。コッカイで決まったから何かをやるというバカボンパパ理論で世間は動いてはいません。

結婚する、というのは家族になる、ということなんですよ。親族の一員になる。そしてそれは二人だけの問題ではなく、親族の承認によって形になる。家族、親族という話がすっぽり抜けているのは本当に奇妙ですが、そんなものかもしれません。学校や会社、遊びやネットでの友達や恋人、尊敬する人先輩に後輩、そういうわかりやすい目先の関係にとらわれる若者からすると、もう一つ違った階層にあるつながりというのはなかなか実感しにくいものです。

家族/親族とは、何か。たとえば一人暮らしで親とも年に一、二回しか顔を合わさなくなると、すごく希薄なものに感じるかもしれません。関係ないよ、と。でもそんなことはない。

あなたが今、急に死んだら、葬式を出して涙を流すのはきっと親でしょう。死んだ時に親が居なければ、遠い親戚かもしれません。そういうことは、どうでもいいかもしれない。けれど例えば、子供ができて、今、私たち夫婦がともに事故で死んでしまったら。どんなに家計が苦しくとも、きっと我らの子を引き取り快く面倒を見るであろう親戚の某、あるいは某の顔が思い浮かびます。親戚に義理を欠き、年に何度も会わないとしても、きっとそんな親戚の誰かが、いざとなったら助けてくれることでしょう。逆もまたあって、遠い親戚であっても、我々が手を差し伸べ助けてあげる、ということもありえるでしょう。

もし妻や子供が、何かに迷い犯罪に手を染め世間に指弾され居場所をなくしたとしても、私はかばうでしょう。そして同じく世間からともに指弾されてもいい。私だけは、最後まで守りたい。逆もあるかもしれません。私が居場所を見失ったときに、そこにあるのは家族なんじゃないか。それって、私だけじゃない。キミも、キミのご両親も、そうじゃないかな。

そしてそれが幾分弱まった感情が、親子や兄弟から離れ、祖父や祖母、叔父や叔母にも広がっていくわけです。あたかも、高分子化合物の化学式のように広がりながら繋がっている、そんな家族の輪が、あります。

どれも極端な話で恐縮ですが、なぜそんな極端な話をしなければいけないかというと、非常に見えにくいから。薄くて、弱くて、淡くて、でも強固な関係。一年二年顔を合わさなくても口をきかなくても、こっちは「しったこっちゃない」と思っても、断ち切れるものでもない関係。

と、ここまで読んで「ああなるほど、互助的な保険組織に加入するようなもんだね」なんて短絡的な結論に持っていかれても非常に困るところです。友人をたくさんもっている人って結果的に自身の利益になっている、ということはあっても、利益のために人は友人を作るわけではないのと同じことです。それに、得をするかもしれないけども、損をするかもしれない。お互い様、ですしね。


私は、一人っ子ですが、結婚して義兄さん、義弟ができて、半年前なら見ず知らずの血縁のない他人だった人から名前を呼び捨てで呼ばれたり、あるいは「○○兄さん」なんて呼ばれることがあって、そうか、そうなのか、と思いました。私の家族、親族という高分子化合物と妻のそれが一点でつながり、別の化学式をもつ形の違う物質に変わったんだ、と。


四歳の娘が抱きついてきて言います「パパ、好きー」と。

そうか娘よ。ありがとう。でもいつかキミはボクを嫌うかもしれない。汚いとか臭いとか言い出すのかもかもしれない。父を馬鹿にし、嫌い、軽蔑し、もしかしたら憎むかもしれない。親とはそんなものです。そしてやがてどこかに嫁ぎ/あるいは嫁がなくても、ボクのもとから離れていくでしょう。一年に一度も顔を合わさないようになるかもしれない。

だけど娘よ。ボクはキミの父だ。家族だ。それを忘れないで欲しい。何か困ったらいつでも言って欲しい、力になれることは、なんでもするよ。私を馬鹿にし、軽蔑し、憎んだままでいい。でも遠慮は要らない。いつでもチカラになるから。

そして思います、そんな時に彼女を助けられるよう、いつまでもある程度のチカラを、なくしたくはないものだ、と。(でもきっと、その頃は私が迷惑をかけてるだけでしょうね)

そんなふうな思いも、それは極めて平凡なもの。きっと私の親も、同じに違いありません。アナタの親も、そうじゃないですかね。何年顔を合わさなくても、何の付き合いもないように見えても、そう思ってる。家族、ってそんなもんじゃないですかね。そんな家族を作る最初の一歩が結婚なんじゃないですかね。


キッチンには ハイライトとウィスキーグラス
どこにでもあるような 家族の風景
7時には帰っておいでとフライパンマザー
どこにでもあるような 家族の風景

友達のようでいて 他人のように遠い
愛しい距離が ここにはいつもあるよ

(ハナレグミ:家族の風景)



おすすめ度:
キッチンには(←イイ!!)
なんかこれ聴いてると・・・?
家族の風景

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コメント (4)

天ちゃん:

ああ、この記事は本当にいいなあと思いました。
うまく言えないんですけれど、それに言ってはマズイこともあるんで言わないですけれど、結婚ってやっぱり「家族になる」ってことなんだよなあって。
なんかこんなことしか言えなくてごめんなさい。

長いエントリですが、まだ足りないかなと思ったり(笑
そうですね。結婚するって家族になるということだと思います。子供がいてもいなくても同じなんですが、子供の話が多くなってしまったのは、そのほうが説明しやすいからと、自分にとってよりリアリティのある話だからなんですよね。

わたしもとても感動いたしました。
この記事を結婚する前に拝見させていただき、そういうことなのか、と思い、
結婚してあらためて、こういうことなのだ、とわかりました。
まだまだ結婚歴は浅いですが、家族ということこれからもっともっと実感していくのだと思います。
主人もとても共感を覚えたようです。
ありがとうございました。

metro:

こちらこそ、読んでくださってありがとうございました。
書いてよかったなと思いました。
末永くお幸せに。

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