リベンジ日光
+次女発熱のため、とんぼ返りになって楽しめなかった前回の家族旅行、日光。(MetLog: とんぼ返り 前後)
明日(というか今日)再度向かいます。江戸村へ。
+次女発熱のため、とんぼ返りになって楽しめなかった前回の家族旅行、日光。(MetLog: とんぼ返り 前後)
明日(というか今日)再度向かいます。江戸村へ。
9月からウォーキングラリーを始めました。毎日平均一万歩を目標に、三ヶ月続けます。健康保険組合の定例イベントで、参加者で目標を達成した人には、何か商品のようなものがもらえるのだそうです。

参加者用にもらった小冊子には、塗りつぶして進める地図付き。奇しくも出発点から第一目標地点は東京から千葉。6日分。でも一日で歩いたけどね。
…なんて余裕な感じで見てましたが、いざ9月になると…
9/1 … 日中は雨で、夜は仕事がらみの飲み会に誘われる。歩けず。 5421歩
9/2 … 日光へ旅行。疲労はちょっとしたウォーキング以上だけども歩数を稼げず。 3364歩
9/3 … 同じく日光。朝、散歩をするが届かず。 9222歩
とまぁなんともテンションの下がるスタートの悪さ。先は長いから、平均値をじりじり上げていくのを楽しみとしましょう。
4歳くらいの子の発音というのは、うちの子に限らず、まだはっきりしないようですね。いわゆる幼児語っぽい発声になり、たとえば「つ」は「ちゅ」となってしまいがちです。
注意して聞くと「き」が「ち」になってしまうようです。いつぐらいからそういう区別がつくようになるのか、多少気になります。
温泉宿に到着し、荷物を片付けお茶でも飲んで一息つこうかとしていると、+長女はテレビの脇にある大きな金属の箱を不思議に思ったようです。
娘「これ、なぁに?」
私「ああ、それか。金庫だよ」
娘「ち×こ?」
娘の友達と遊んだ後、その子と別れて帰る道すがら、私は長女に言いました。
私「実はね、○ちゃんはもうすぐ外国に行ってしまって、当分会えなくなるんだよ」
長女「ヒッ!」(と息を呑む)
私「○ちゃんは、外国に引っ越してしまうんだ」
長女「ヒッ!(と息を呑む) …なんで外国に引っ越すの?」
私「それは○ちゃんのパパが、外国でお仕事をすることになって、○ちゃんも一緒に外国に行くんだ」
長女「なんで外国で仕事をするの?」
私「ええと、何ていうのかな。…外国の人と一緒にね、仕事をするんだ」
長女「ホネホネマン?」
私(5秒ほど何も理解できず)

私「!(理解)
…長女よ。それは外国の人じゃなくて、ガイコツの人だよ orz 」
(画像はホネホネマンではなく、ホラーマンから)
(注:PodcastはiTunes やiPodがなくても大抵はPCで聴けます)
朗読モノのPodcastも聴いてるんですが、フジポッドを止めようかと思って。フジテレビ系列のコンテンツはどれもあざとい演出の臭いエンターテインメントというTVの風土そのもので、なんかなぁと思うことが多いんですよね。
フジポッド文庫 フジテレビのポッドキャスティング『フジポッド』
朗読はアナウンサーがやってるのですが、なんと言いましょうか。アナウンサーが素人芸を発揮して学芸会の風味を出すフジテレビの番組を知ってる先入観のせいかもしれませんが、どうにも聞いていられない。大仰に抑揚をつけて役に色づけをしすぎる感じで、なんだか小学生の読書コンクールのような印象です。
で、気になってほかにどんな朗読サイトがあるのか、あちこち聴きくらべてみました。
あとこちらは朗読じゃないんですが、声そのものから癒される小野リサさんのポッドキャスト。(リンクはiTunesのサイト)
ごく普通の日常とかなんでもない話とか、そういうものがゆったりとした音楽のように感じられて良いです。
「私の友人が海外に転勤になってね、娘同士が仲良くてね、逢えなくなるのが残念で」
みたいな話を友人にすると
「そりゃ残念ですね、でもいい時代ですよね、ネットでいつでも会えるんですもんね」
…。そうか、そうだった。それを聞いて気がつきました。webカメラを買わなくちゃ。2つ。一つは友人への餞別、というか、私が使って欲しいのだから、彼らの分も一緒に買おう。
で、買ったウェブカメラがこれ。性能より可愛さ優先で。色は赤に。丁度ポケモンのモンスターボールみたいな感じ。
値段もエントリークラスで画素数もそれほど多いほうではないけれども、実際使ってみると映りもなかなか良いです。さっそくキャプチャしてみました。
娘より先にパパがなんだか楽しくなってきましたよ。
うちにある時計をざっと集めたところ。共通点があるのですが、なんだか分かりますか?
これ、みんな電波時計なんですよね。
部屋によっていくつかある時計の時間にバラつきがあって、しかも5分ほど進んだ時計(妻の)や、だいたい正確な時計が混在していました。しかし朝は通勤の都合もあって正確な時間を押さえたいところ。で、だんだんと電波時計が増えていったんです。いまじゃ電波時計以外は時計じゃないくらいに視野外です。
丸い小さな穴のついたタイプは、明るさセンサーがついていて、夜は針が止まって音がしない、というもの。中央の2つがそうです。電気をつけた途端に針がキューっと動く様子はちょっと不気味ですが。
で、アナログ時計が多かったんでデジタルタイプを一つ買ったんですが、これは失敗だったな。
売れ筋商品ということで安心して買ったんだけども、もともと見にくい白黒液晶表示な上に、湾曲した光沢のあるプラスチックカバーがついているせいで、だいたいどの角度から見てもテカって見づらい、という(笑
一番最近買った時計は、コレ。
夜電気を消すと、もちろん針が止まり音はしなくなります。しかも暗くなると自動的に文字盤が柔らかく光る、という。
その上、アラームセットは小型のデジタル液晶で、一分単位の正確なセッティングが保証されている、というあたり、現状の目覚まし時計の最高峰ではないかと思います(大袈裟
でも、実は、デジタル時計が欲しかったんですよ。
どうにも小型の電波時計というのは、実用品的で色気がない。漫画に出てくるような目覚まし時計そのまんまのデザイン。アナログにしてもかっこ悪く、センスがない。
デジタルにいたっては、暗い白黒の液晶デジタルばかりで、今度は実用上見づらいものが多く、こちらも買いたいと思うものがなかなかありません。
部屋に置きたい、見やすくてインテリアに合う、そんな時計は、発光型のデジタル時計か、日めくりカレンダーのようにパネルをめくるタイプの時計。そんな時計が欲しい。しかも電波時計で。
で、探して回ってたんですよ、そんな時計がないか。発光型の電波時計は一つだけ、ありました。
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で、実際に見ると、これが案外、暗いんですよ。白黒の液晶といい勝負というか。ちょっと失望しました。そして諦めて買ったのが、先のセイコーの時計という次第。
ところが、諦めて買うと出てくるの法則。こういうのが欲しかった。
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写真では今ひとつのように見えますが、実際に見てみるとこれがなかなか輝度も高くコントラストもはっきりしてて見やすい。色違いで赤いLEDのものもありますが、予想に反して青のほうが輝度も高い印象で、より見やすかったですね。これが欲しかった。
買っちゃおうかな…でもさすがに怒られそうだな。必要ないんだよなぁ…
いまさらですが、「風に吹かれて豆腐屋ジョニー」食べました。美味しいですね。
「豆腐屋ジョニー」という奇を衒ったネーミング、面白おかしく工夫した発売元のサイト、そういった広告/販売戦略で評判になっていたせいもあって、
「宣伝と広告で上手く売り出したな」
程度に捉えて味はたいしたことはないに違いないという偏見を最初に持ってしまい、ずっと買ってませんでしたがこういう見方もよくないですね。
豆腐は柔らかく味は濃厚、一口食べて普通の豆腐と全く違う味であることは、誰でもわかるほどの差があります。
ちょうど、本場讃岐うどんを初めて食べた時の感動がありましたよ。今まで食べていた豆腐が、全く味気ないものだと感じてしまいます。
ITmedia News:「ハルヒ」「男前豆腐」に見る、ブログ時代のヒットの条件
ブログ時代とかナントカ言っても、品質が良くてこそ売れるという尤もな結論。
以下、引用の引用。
aozora21 法的に夫婦と認められなければならない理由が分かりません。(悪いということではないですよ。ただの疑問)akky20050605 確かに結婚という形式を取る必然性がよく分かりませんね。
あとコメント欄も興味深い、というか…
ri 『結婚は、相手に迷惑をかけたくないから、休みの日だけに会って、後は別々に暮らしたいですね。。』ri 『本当は一緒に暮らしたいけど。』
ri 『よく考えたら、↑こういう状態だったら別に結婚しなくてもいいですよね。いろいろなもの(子どもとか経済的な面倒見てもらうとか)あきらめてるから、相手の愛情と自分の愛情だけがあればいいな。』
なんだそんなことも分からないのか、という部分と、10年~20年前の自分もそんなことを言ってたなという懐かしさもあり。過去の自分に再会する気分でもあり、そんな過去の自分って結構な数が生まれては消えていくんだろうと思うので、結婚について説明してみるのも無意味ではないだろうから書いてみます。
10年どころじゃないな。7年ほど前か、結婚する頃になっても似たようなことを考えていました。自分は別に結婚なんてしなくてもいいや。支えあい一緒に暮らしていければ子供がいようがいまいが、結婚なんてカタチに縛られることはない。あれってただの制度でしょ?彼女がしたいっていうからするだけで、自分でしようとは思わないよ。…なんてね。
そうじゃない。全然違う。結婚する、というのは、彼女と末永く暮らすとかロマンチックだとかそんなことでもないし別れにくくする保障がどうの(なんでかフラメンコ)という話でもない。ましてや法が云々というのも違う。法は文化を追認/補完するもの。コッカイで決まったから何かをやるというバカボンパパ理論で世間は動いてはいません。
結婚する、というのは家族になる、ということなんですよ。親族の一員になる。そしてそれは二人だけの問題ではなく、親族の承認によって形になる。家族、親族という話がすっぽり抜けているのは本当に奇妙ですが、そんなものかもしれません。学校や会社、遊びやネットでの友達や恋人、尊敬する人先輩に後輩、そういうわかりやすい目先の関係にとらわれる若者からすると、もう一つ違った階層にあるつながりというのはなかなか実感しにくいものです。
家族/親族とは、何か。たとえば一人暮らしで親とも年に一、二回しか顔を合わさなくなると、すごく希薄なものに感じるかもしれません。関係ないよ、と。でもそんなことはない。
あなたが今、急に死んだら、葬式を出して涙を流すのはきっと親でしょう。死んだ時に親が居なければ、遠い親戚かもしれません。そういうことは、どうでもいいかもしれない。けれど例えば、子供ができて、今、私たち夫婦がともに事故で死んでしまったら。どんなに家計が苦しくとも、きっと我らの子を引き取り快く面倒を見るであろう親戚の某、あるいは某の顔が思い浮かびます。親戚に義理を欠き、年に何度も会わないとしても、きっとそんな親戚の誰かが、いざとなったら助けてくれることでしょう。逆もまたあって、遠い親戚であっても、我々が手を差し伸べ助けてあげる、ということもありえるでしょう。
もし妻や子供が、何かに迷い犯罪に手を染め世間に指弾され居場所をなくしたとしても、私はかばうでしょう。そして同じく世間からともに指弾されてもいい。私だけは、最後まで守りたい。逆もあるかもしれません。私が居場所を見失ったときに、そこにあるのは家族なんじゃないか。それって、私だけじゃない。キミも、キミのご両親も、そうじゃないかな。
そしてそれが幾分弱まった感情が、親子や兄弟から離れ、祖父や祖母、叔父や叔母にも広がっていくわけです。あたかも、高分子化合物の化学式のように広がりながら繋がっている、そんな家族の輪が、あります。
どれも極端な話で恐縮ですが、なぜそんな極端な話をしなければいけないかというと、非常に見えにくいから。薄くて、弱くて、淡くて、でも強固な関係。一年二年顔を合わさなくても口をきかなくても、こっちは「しったこっちゃない」と思っても、断ち切れるものでもない関係。
と、ここまで読んで「ああなるほど、互助的な保険組織に加入するようなもんだね」なんて短絡的な結論に持っていかれても非常に困るところです。友人をたくさんもっている人って結果的に自身の利益になっている、ということはあっても、利益のために人は友人を作るわけではないのと同じことです。それに、得をするかもしれないけども、損をするかもしれない。お互い様、ですしね。
私は、一人っ子ですが、結婚して義兄さん、義弟ができて、半年前なら見ず知らずの血縁のない他人だった人から名前を呼び捨てで呼ばれたり、あるいは「○○兄さん」なんて呼ばれることがあって、そうか、そうなのか、と思いました。私の家族、親族という高分子化合物と妻のそれが一点でつながり、別の化学式をもつ形の違う物質に変わったんだ、と。
四歳の娘が抱きついてきて言います「パパ、好きー」と。
そうか娘よ。ありがとう。でもいつかキミはボクを嫌うかもしれない。汚いとか臭いとか言い出すのかもかもしれない。父を馬鹿にし、嫌い、軽蔑し、もしかしたら憎むかもしれない。親とはそんなものです。そしてやがてどこかに嫁ぎ/あるいは嫁がなくても、ボクのもとから離れていくでしょう。一年に一度も顔を合わさないようになるかもしれない。
だけど娘よ。ボクはキミの父だ。家族だ。それを忘れないで欲しい。何か困ったらいつでも言って欲しい、力になれることは、なんでもするよ。私を馬鹿にし、軽蔑し、憎んだままでいい。でも遠慮は要らない。いつでもチカラになるから。
そして思います、そんな時に彼女を助けられるよう、いつまでもある程度のチカラを、なくしたくはないものだ、と。(でもきっと、その頃は私が迷惑をかけてるだけでしょうね)
そんなふうな思いも、それは極めて平凡なもの。きっと私の親も、同じに違いありません。アナタの親も、そうじゃないですかね。何年顔を合わさなくても、何の付き合いもないように見えても、そう思ってる。家族、ってそんなもんじゃないですかね。そんな家族を作る最初の一歩が結婚なんじゃないですかね。
キッチンには ハイライトとウィスキーグラス
どこにでもあるような 家族の風景
7時には帰っておいでとフライパンマザー
どこにでもあるような 家族の風景友達のようでいて 他人のように遠い
愛しい距離が ここにはいつもあるよ(ハナレグミ:家族の風景)
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クリップ型のiPod Shuffleが発表になりました。究極的なシンプルさ。
The Apple Store (Japan) - iPod shuffle

実は去年、nanoが発表されたころに、このサイズのiPodを予見していた人がいます。サイズといい形状といい、ホイールに残った僅かな余白といい、まさにソックリな予想図。こちらの予想図のほうが美しい出来ですけどね。
しかし、小さいというのは、美しいですね。
そのまま、切手サイズまでいくのだろうか。

元記事は、丁度去年の今頃、2005年9月8日。書かれたのは、飯野賢治さん。
雨が降ると頑張っても一万歩は難しいね。そうでなくとも平日は一万越えがやっと。

先週は火、水(12,13日)が雨で低調。雨でなくとも仕事の都合でうまいことやりくりできない日もありますが、それ以外でもなんとか最低一万歩を確保。
その分土日は結構歩くので平均はかつがつ一万オーバー。意外と難しいな。平均一万歩も。
Nintendoの次世代ゲーム機「Wii」の発売の発表があったようです。

これまでの流れに沿った、ヴィジョンから外れない、という意味では予想通りなハードウェア。
ところでNintendoのライバルであるソニーはPlaystation3を「ゲーム機ではない」と言ってることで一部で話題になってた様子。でも、初代Playstation発表時から「ゲーム機ではない」というのは繰り返し言ってたよね。当初は「ゲーム機」ではなく「エンタテインメントを提供するマシン」とかそんなこと言ってなかったか?
でも作ってるのはなんだろう?確かに「ゲーム機」というにはちょっと違う。けど、「エンタテインメントを提供してもらってる、ほかになんとも言いがたいキカイ」というのもちょっと違う感じ。いつも作ってるのは「最高性能の次世代機」というものな気がします。
反してNintendoのハードは、ゲームでありオモチャである範疇というのを見失わず、ゲームであることにはこだわり続けてるように感じます。で、作っている/作ろうとしているのはいつも「新しいデバイス」ですよね。
どっちが正しいということではなく、全く違う道を目指していますね。違う道を目指すからこそ、いつまでも並び立つことができるという意味ではいいことなんでしょうね。
ソニーと任天堂。少年ジャンプに例えるとソニーはドラゴンボール。次から次にもっと強いキャラクターが出てくる。一方任天堂はジョジョじゃない?新しいデバイスというのは新しいスタンド使い。今までに無いキャラクター、だけども「最強」かどうかは使い手次第という。
JALに乗るとプレゼントがもらえるキャンペーンが、夏にありました。
帰省時に利用したので、4人分8枚の応募券(搭乗券)がありました。どの商品が欲しい?と妻に聞いても「別に」ということだったので、家族全員分投入してiTunes MusicCard を4枚分応募。でも使うのは私(笑
それが、今日届きました。
JAL - もれなくプレゼント!コース(みんなの夏空キャンペーン)
iTunesで5曲ダウンロード
機能は以前紹介したフリーのカード(MetLog: Apple アイテム自慢)と同様に、値段問わず5曲ダウンロードできるという仕様のようですが、カードのイラストは和田誠、人物はイメージキャラクターの三谷幸喜のようです。
これってちょっとしたプレミアもの?(w 大丈夫、こういうのが好きな人用にちゃんと使わずに取っておきますよ。(Mさん宛てコメント)
iPodキラーとも言われる、Microsoft製携帯音楽プレイヤーZuneのロゴが発表になったのだけどそのデザインが気になった。
Coming Zune (リンク先は先行宣伝オフィシャルサイト:音が出てストップボタンもない迷惑なサイトです)

この手のデザインは、15年くらい前に流行ったデザインの流れ。走りはSGI(シリコングラフィックス社 -現在本家は経営破綻)ではなかったか。

三次元的に構成された、マーク。同時期にデザインされたロゴとしては、こういったものもあります。

いずれも、三次元的に文字を組み合わせています。時代的なものですねぇ。当時は、映像表現の流れとしてリアルタイム3Dという潮流がありました。シリコングラフィックス社は高性能CGワークステーションで一世を風靡したメーカーであり、下に紹介したのはいずれもゲームメーカーですが画像表現が3Dへと移行していく段階にあり「これからは3Dだ!」という意気込みが感じられるロゴでもあります。
余談ですが、時代の空気などどこ吹く風とわが道を行く、宇宙を一巡するほど時代の先を進んでいたゲームメーカーのロゴはこんな感じ。

やがて時代は流れ、「これからは三次元」とアピールするのも恥ずかしい時代になっていきます。シリコングラフィックス社はロゴを変え、任天堂、ソニーともに最新リリース商品では違ったロゴイメージを当てています。

SGIはたまたま拾った素材がグレーだったのですが、任天堂はグレーベース。ソニーもまた…
下の画像リンクを開くとオフィシャルサイトで配布中の壁紙(800 x 600 ) です。ロゴ部分は見事にグレーベースの平面的な処理になっています。
そして注目は右下。

ツヤのある質感。…良く見かける定番デザインですね。平面的なグレーの文字に、透明感のある、テカリのある質感表現。これの源流は、Apple社のデザインですね。
時代をリードしPCメーカーとしての枠を越え、ウェブデザインとしても広まり、対立する?Windowsのデザインとしても浸透し、果ては街中の表示物、広告デザインにまで影響してしまったAppleのツヤボタンにグレーベースのレイアウト。

そんなApple のiPodを殺せるのでしょうか。OfficeやIEのようなバンドル戦略を使えそうにない分野で、どれだけ健闘できるか楽しみです。
今日の午後行くことに。誰かと会えるといいんですが。
先週の木曜から今週の金曜までの歩数記録。

これまで、雨の日には1万歩を達成できてません。一週間で唯一一万歩に届かなかった日、9月17日も雨のため。
それまで雨が多いこともあって歩数が少なかったんですよ。一日一万歩としたら、どれくらい余るかという「歩数の貯金」が1000歩も無いという状態、だったかな。ところが連休中に2万歩オーバーした日もあって、最近では三万歩近い貯金ができましたよ。「歩き足りない」という焦りが最近は消えた感じです。
ところで体重の貯金も最近は増加傾向。こっちは少し焦ったほうがいいかも。
最近、毎朝のように長女に
「昨日はちゃんと(ピアノの)練習したかい?」
と聞いています。もちろんちゃんとやっていて、えらいネェ、と褒めるのも毎回のことです。
ですが実のところは、ピアノが上手になって欲しいと願っているわけではありません。
毎日継続して何かをやる習慣を身につけて欲しいな、とか、コツコツ練習した成果として出来なかったことができるようになって嬉しくなるとか、何かを続けて身につくものがあったという自信を持つとか、そうでなくとも何かを続けられなくて悔しかったという経験とか、そういうものを得て欲しいと思います。で、将来何か好きなことやりたいことが見つかったときに、それにシッカリ向かっていけるようになれればいいなと。
なので、特にピアノでどうなって欲しいという夢は持ってないのですが…
休日は私が、練習中の曲の伴奏をします。単純なコードを四分音符で進めるだけなので簡単です。
練習曲に合わせて伴奏パートを弾くと、曲がグレードアップされて結構それっぽい感じに。単独で弾くのとは違って、人とあわせるのはまた格別に楽しいね。私はそういう面白さをすっかり忘れてしまっていたので、娘よりも自分のほうが楽しくなってるかも。相手が娘であれば余計ね。ちょとシアワセな気分。
何か一つ、今まで持っていた夢が叶ったような気分ですかね。そんな夢持ってなかったのに。
(写真は子供用楽譜:絵文字楽譜?)
ウチには二台、車があります。二人乗りの私の車と、5人乗りの妻の車です。
妻は看護士なので、土曜や日曜の勤務という日もあり、そういう日でも、妻は自分の車で出勤します。で、家には二人乗りの車と、娘二人と私。これでは動きづらい。次女はまだ2歳にならず、車なしで私が二人を見ながら出かけるのはちょっとツライ。結果家の近所に釘付け。これではちょっとカワイソウだ(もちろん私が)
だいたい一人で出かけて帰ってくるのに、5人乗りの車を使うのは合理的ではない。二人乗りの車で行けばいいのだ。5人乗りの車があれば、私も子供を連れて大きな公園にだって買い物にだって行ける。
なので妻に、土日の勤務の日は私の車で出かけるように提案。でも嫌がり、運転できない、と言います。彼女の免許で運転できない車ではないのに。ペーパードライバーでもない。むしろ走行距離は彼女のほうが上ではないかと思うんですが。
では暫く近所で運転して、慣れればどうか。ぶつけても構わないから。と提案するとしぶしぶ承諾。
というわけで、今朝、まだ人気もない町内を静々と走るために、車を車庫から出しておきました。それで運転の練習をしなさい、と妻に言うと「一人じゃできない」。仕方なく隣に私が座ることに。近所を2,3周もすれば運転には慣れるだろうと思ってたけど…
隣に私が座ります。妻が運転席。キーを渡す。走らない。しばし間。妻はこう言います。
妻「で、何をするの?」
私「何、って…まずキーを挿して回すんだろ?」
で、キーを挿して回す妻。すかさずエンスト。
私「あ、ゴメンゴメン。ギアがリバースだった。まずギアをニュートラルにしてからスタートね。」
妻「リバース?ニュートラルってどこ?どこに書いてるの?」
私「ああああ、ニュートラルはギアの真ん中ね…」
妻「!動かない!」
私「クラッチを踏みながら」
妻「(ギアの)パーキングはどこ?」
私「無いよ」
…ダメだ。彼女はオートマばかりでミッション車の運転を完全に忘れてる。遠く正面にある電柱が近く感じる。私の体から冷たい汗が溢れる。ヤバイ予感。
エンストを繰り返しながらゆっくりと走り出す車。交差点や停止のたびに半パニックに。
とりあえず事故もなく、住宅地を何ブロックか一速のみで走り回り、今日は終了。勤務先は10キロほど離れてるので、この分ではまだまだ無理。やれやれ。道は遠いな(文字通りの意味でも)
練習二回目。コースを自ら拡張するという前向きな姿勢もみられます。
しかし前方に路上駐車があり、ユルユルと避ける気配もなく接近していくように見えたので
私「オイオイぶつけるなよ」
と言うと
妻「ぶつけてもいいって言ったじゃない!」
私「言ったよ言った!いいよぶつけても!人にさえぶつけなきゃいいよいいですとも!」(半泣き)
ぶつける気満々なんですが、この人…
GoogleEarthがすごくなりましたね。
GoogleMapのデキが良いものだから、アプリケーションのほうのGoogleEarthはあまり気にしてませんでしたが、やっぱりすごい。
GoogleMapともども解像度が高くなり、一般家庭の屋根のカタチもくっきり。写真は渋谷駅前交差点。人の影までクッキリ。
オーバーレイという機能も面白い。画像を重ねることができるのだけども…
まずバチカン市国にいって画面をキャプチャして、
それを渋谷の街に重ねてみましょう。で、パースを鳥瞰的に変えることができるので、適当にパースをつけてみました。Gifにすれば透過もちゃんと使えるようです。
ふむふむ、バチカンって東西は、宮益坂上あたりから、道玄坂上交番あたりですかね。南北は宮下公園の中ほどあたりから渋谷駅新南口あたりまで。短い!
距離の測定も、定規を使えば簡単に。途中のポイントの修正もアンドゥせずにあとで直せるのはイイ。それと、画像は示してませんがカーナビのような建物の3D表示も可能に。
人影から地球儀までをシームレスに繋ぐ、視点も自在な、精細地球儀。子供の頃夢見た妄想がまた一つ現実に。
ただ残念なことに、GoogleMapのように地図モードとの切り替えはまだ出来ないようです。
あと、写真の精細度合いも地域差があるようです。とはいえ、地方都市でも政令指定都市などはかなり精細なものが用意されているようです。しかし基準は、栄えてるから、とかそういうことでもなさそうな。
例えば青森の県庁所在地、青森市には精細な画像がまだ用意されてない。
そのくせ、農村部に精細な写真が用意されてたり。(上下とも同一縮尺でキャプチャ)
コイツのせいかな?
五ヶ所村付近もクッキリ。
過去ログを直すことが多いので記録。
追記060926:
MetLog: 歴代Windows起動音
マックの起動音も追加。
追記060623:
MetLog: 失楽園 (低反発マットレス)
体が痛い。って追記。
MetLog: ノンオイルでポテチを作る器具
ポテチは上手くいったがほかはイマイチ。でも味は悪くない。と追記
ウィキペディアをウィキと呼ぶ気持ちは分からんではないなぁ。文脈上で通じればいいような気もします。
古くはミシン(=Machine/機械)とかアイロン(=鉄)とか、なんじゃそりゃな一般語化はよくあるところ。車のアルミ(アルミホイール)とかでもわりと混乱せずに「アルミが鉄なんだよね」とか「NSXはアルミボディなんだよね。だから修理が大変で。ところでアルミの交換はどれくらい費用がかかるかな」とか言ってもだいたい通じるし。あとケータイも=携帯電話の地位を確立したな。この手のネタを集めたら結構な数になりそう。
Wikipedia を wiki と呼ぶ人,ハードディスクをハードと呼ぶ人 - swk's log
ハードウェアをハードと呼ぶ人,
そういえば、ハードっていうとみんな何を想像するんでしょうかね。ハードウェア?じゃ、ハードウェアといえば何を想像しますかね。ソフトウェアに対してハードウェア、PC本体とか?
ハード-ウエア 5 [hardware]コンピューター-システムを構成する装置・機器。
⇔ソフトウエア
三省堂提供「大辞林 第二版」
ちなみにアメリカで「HARDWARE」という看板を掲げた店に入るとたいてい食器とか売ってます。
追記061022:
ブックマークで「車のアルミホイールはアルミって言わない」というコメントあり。言う言わないはGoogleで検索してみるとおぼろげに分かるかとは思いますが、こういったツッコミもまた歓迎。
サイトの引っ越しを年内に予定してます。現状のアドレスは気に入ってるし、動かしたくなかったんですけどねぇ。というわけで、これを機に独自ドメインを取得します。またいつか将来、サーバを移転することになったとしても、今後は一切アドレスの変更はない(予定)です。
で、このブログはMovableTypeを使用してるわけなんですが、移転に関するトラブルの話とかも聞いたことがあったので、もう一回探してよく読むと…
Going My Way: Blogデータのインポート時はID番号に注意
あった。確かこれだ。
何が問題かというと、標準設定のまま使っていると、エクスポートでアドレスが変わってしまうから変わらないようにするにはどうしたらいいか、という話で、これって「すでにドメインを持っていて引っ越してもアドレスは変わらない」ことが前提の話なんですよね。ということは私にはどうしようもない話題。
今回の引っ越しで、自分のほうの移植はともかく、トラックバックをした相手のリンクはデッドリンクになってしまう。申し訳ない。自分ではなく相手側にという申し訳なさったらない。
で、ハタと気がついたわけですよ。個別エントリへのリンクのことをPermalink(permanent Link)と呼ぶことがありますよね。永久リンクとは大層な呼び方だなと思ってましたが、きちんとドメインを取っていれば、どこのサーバで運営しようと、運営者が継続しようという意志がある限りリンクは動かない。トラックバック先も、デッドリンクにならない。トラックバックはこちらがアドレスを変えない(=デッドリンクを作らない)ようにするから、相手にリンクを張ってもらうという交換条件、ってわけではないと思いますが、そういう信義はなんとなく通したい。もしきちんとドメインを取ってリンクを切らないように作れば、それはまさにパーマリンクと呼ぶに値するんじゃないか。と。名前がぴったりくる。
そうしてみるとMovableType、ひいてはブログというものは独自ドメインを持っていることが前提で設計されているんじゃないかと思えます。極端に言うとサービス業者の「ブログ」というのはブログじゃないんじゃないかと。いまさらな話題ですが、自分が引っ越す段取りを進めるにあたってシミジミ実感。
2006年09月にブログ「MetLog」に投稿されたすべてのエントリーです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。