日々の生活,美術

木喰(もくじき、仏師・1718-1810)

連休中に木喰の里(山梨県身延町)まで行ってきました。木喰という人は江戸時代の仏師で、円空より100年くらい後の人です。微笑仏(みしょうぶつ)という笑顔で丸みのある仏像が代表的です。抽象的で鋭角的な円空とは対象的に、丸く、工芸的で「まんが日本昔ばなし」のような親しみやすい表情です。木喰についてはざっくりこんな感じです。


山梨の山中の農家の少年は14歳のとき「ちょっと畑行ってくる」と言ってそのまま江戸へ。それから就職と失業を繰り返し22歳のときに出家。45歳のときに木食戎を授かり、このときから「木喰」と名乗るようになります。

木食戎というのは厳しい修行で、要は木の実しか食べないのです。詳しくいえば、もともと肉NGに加えて穀類NG、木の実でも栽培果実はNG、加熱食や塩を加えるのもNGだったようです。栗100粒で100日過ごしたなんて話もあるようです。そばはOKだったようで、そば粉を水でこねたものを食べたりしてたそうです。普通は100日なんですが木喰はそれを生涯続けたそうです。

それから10年以上経過した56歳から廻国修行を始め、全国を行脚します。津軽海峡を渡り北海道から南は鹿児島まで回ります。廻国修行中に円空仏に触れて感動して彫刻を始めたという説もあります(諸説あり)60歳を越えてから造像を始めるという超遅咲きです。

それから生涯廻国修行の行く先々で仏像を残していきます。80歳の頃に「微笑仏」で知られる満面笑みの作風に到達。90歳を越えても旅の中にありました。89歳、京都に行ったときの記録によると木喰は180センチの長身痩躯で髪も髭も真っ白、土色の服で錫を持っていたそうです。びっくりしたでしょうね。やはりその時も五穀や塩を取らず、布団に寝ず常に衣一枚でいたそうです。(リンク:清源寺)

それまで楽なことなど一つもないように見えますが造る仏像は満面の笑顔。先の京都では十六羅漢が盃を持って顔を隠してる像もあったり(破戒です、笑)また書画も多く残しております。

まるまると まるめまるめよわが心 まん丸丸く 丸くまん丸

なんて歌も残しています。

木喰の里微笑館で書籍を購入

93歳でこの世を去ります。旅の中で没し、死んだことだけが伝えられただけで、どこで死んだかは今もわかっていません。

千体を越えて造像された木喰仏は庶民の中にあって、脚光を浴びることもなくあるものは打ち捨てられ、売られ散逸し、忘れ去られました。100年以上経過し、1924年(大正13年)柳宗悦が偶然発見、それから再評価の動きになりました。


木喰の故郷見延町にある記念館「微笑館」に行ってきました。私営の小型美術館程度の規模・立地を想像して行くと想像以上に険しい山の中でした。

右は崖、左も崖。ガードレールなしの1車線。軽自動車でも怖い

記念館にはいくつかの書画の展示があり、非常に残念なことに実物の像は1点のみ、ほかはレプリカでした。木喰仏の現存数は600を越えるんですが、蒐集はうまくいってないようですね。

木喰仏は現存数も多く国内各所に点在するので、見る機会はあると思います。親しみやすく、かわいい像が多いので是非おすすめですよ。

参考:

  • 木喰仏入門 小島梯次
  • 木喰展カタログ(見延町なかとみ現代工芸美術館)
  • Wikipedia 木喰

日々の生活

今、石膏デッサンは必要か。

いつもの画材屋さん(朋友堂カマタさん)でふと面白そうな本があったので手にとってパラパラ見てみるとなかなかおもしろそうで、ついつい見てました。色々懐かしい。

お店の方に「ご自由にどうぞ」と声をかけられ気がつくと、そのとおり「ご自由にお持ちください」のワゴンにおいてありました。少しくたびれてますがなかなか立派な本。12月号だから去年の12月かな。もらって帰りました。

去年の12月号かと思ったら2005年の号でした。フリーワゴンとはいえ何故?

内容はとても面白く、会田誠氏のインタビューは、同世代ということもあって、一つ一つが懐かしくうなずく話でした。ただ「僕(会田氏)の翌年は久しぶりに試験に石膏が出て受験生がおたついた」という発言がありましたがこれは会田氏の記憶違い。なぜなら彼の翌年は自分が受験して、石膏ではなかったから間違いありません。

その後、私が芸大の試験官をやったときに大量の石膏を見た記憶があるので、「久しぶりに芸大の試験に石膏が出た」というのは事実ですがもう少しあとの話です。

それから野見山暁治先生のインタビュー。野見山先生は、それまで芸大の入試問題は石膏デッサンだったのを、石膏を排除し、試験制度を改革した教授としてあとあとまで語り継がれ、その話だけは知ってる人は多いと思いますが、それに至るまでの経緯や心情が直接語られててとてもおもしろい。さらに、石膏をやめて花を描かせたらお金がかかって周りからうるさく言われた話であるとかもなるほどな話。助手や出題官として大沼映夫先生、中林忠良先生と懐かしい名前が出てくるのも個人的に楽しい話でした。

著名な画家の石膏像も多く収録されていて、島田章三、村上隆、小松崎邦雄、黒田清輝、佐伯祐三、有元利夫の石膏像が。ちょっと笑ってしまいました。意外と皆真面目に描いているもんだなと。

村上隆氏の石膏デッサン。意外と真面目

実は「美術の窓」って買ったこと無かったかもしれません。今回も買っていませんが。学生の頃は美術誌と言えばまず「美術手帖(BT)」たまに「芸術新潮」気になる号があれば古い「みづゑ」なんて感じでしたが「美術の窓」も良いかもしれないですね。ちょっと気にしてみます。

日々の生活

コミック「ブルーピリオド」7巻がでました。ブルーピリオド、この漫画おすすめです。

何をやってもそつなくこなす、勉強もできるチャラい高校生・八虎が美術に出会い、芸大を目指し苦闘しながら受験に向かうというストーリーで、今7巻では受験後になってます(ネタバレ避けた)

作者が芸大卒ということもあって、作中の絵の描き方や見かた、試験に向かっての流れも変な嘘がありません。細部に至るまでよく描かれています。だいたいそのとおりで感心します。ただ嘘がないというだけでなく、さすがプロの漫画家さんだけあって惹きつける物語構成で読ませます。2020年マンガ大賞をはじめ多くの賞を取っているのも納得です。

苦笑したのが、予備校の面談で先生が理路整然と突きつける指摘。確かにそれそのとおり、なんだけど、こんなに親切で理屈立てて正論言ってくれる先生なんていなかったなぁ(笑)結論はそこに至るんですけどね。自分の絵が駄目なときの講評は

「全然だめ」(それ以外の説明なし)

とか

「…特にいうことないわ、お前ら(周りの人)なんか言ってやれよ」(それ以上説明なし)

とか。それはそのとおりで、本当にだめな絵というのはどっちつかずで右に行けとも左に行けとも言えて、それは自分で考えて選ぶしかなくて。友人や先輩と直接話したり、ときには見様見真似で真似してみたり、先輩の残した参考作品から読み取ったり、技法書を読んでみたり。たどり着くまでえらくかかって、苦労したものです。だからこそ身についたことも多いのでしょう。

読んでいて懐かしさや思い出すことも多いです、また自分自身もフレッシュなモチベーションが湧き上がってきます。初心を振り返ったり。

これから描く人や、過去受験した人は一層楽しめる良作です。※もちろんどちらでもない人にとっても面白い作品です。

日々の生活

コロナウィルスの感染拡大によって危機感が高まっています。春から寒さも抜ける5月には落ち着くだろう…という甘い見込みは吹き飛びました。

5月に予定していた個展でしたが、皆さんに気持ちよく「来てください」とお声がけできる状況ではなく、延期としました。残念です。

とりあえず無駄になったのはご案内ハガキくらいで済んでよかったと思いたいです。

日々の生活

お彼岸風景

友人のお墓参りに少し遠出しました。共通の友人3人と一緒です。

尽きない思い出話の中で、彼の初めて聞くエピソードや知らない一面を知り、笑ったり驚いたりでした。自分の捉えた彼の姿というのは一方向から見た写像に過ぎなくて、人は多面的で自分の切り取った姿だけではないのだと改めて感じます。考えてみると、いつもは自覚していませんが生きている人ならなおさらでしょう。

その後、お食事をいただいて楽しく雑談しました。コロナウイルスのようなニュースの他に出る話題というと近頃は決まったもので、最近かかった病気の話、健康の話、寿命の話。同世代が集まるとそんな話題ですよ。この日は出ませんでしたが親の介護の話というのもよく話題になります。

友人Aが「100歳くらいまで生きるつもりでいる」というとBが「長生きしそうに見えない(笑」と答えます。長生きしそうかそうでないか、どう見えるか?と自分に聞かれたので私は「それは自分が決めること、生活次第」と答えました。不慮の事故や避けがたい病気というのは仕方ありませんが健康管理によって寿命は大きく左右されます。体質を変えてリスクを避ける猶予はまだまだあります。

長生きすることが幸せかというと、必ずしもそうでないのかもしれません。ですが短命であると悲しませる人が多くなるのは間違いありません。皆さんもどうか健康に長く過ごされるようにしてくださいね。